約束を守るための冴えたやり方。
大都市の下町の裏路地にその店の入り口はある。
フユシラズが細い道に足を踏み入れたとき、すれ違いざまに青い髪の娘が出て行った。
「人形か」
フユシラズは小さくつぶやく。機工屋に顔を見せるとき、なにかと行き交うことは珍しかった。それはこの道の特性といっていいかもしれない。
何でも屋通りと通称される一帯は仲介屋御用達の店ばかりそろっている。通り抜け出来ない突き当りのある道。そのため、用のない一般人が足を踏み入れることはほぼない。
それだけでなく、仲介屋は顔を見られるのは嫌う。こんな一般的な道を使うことは稀であった。それゆえに、フユシラズはこの道を選んで歩く。
普通の仲介屋は路地に面した家の内側を通した道を使うことが多い。いくつかの入り口に番人が立ち、誰とも会わないような道を教えてくれる。よく使う仲介屋はいつも違う道を教えられて困るとぼやいていた。
「中で行き交わなくて良かった」
人が使うこともまれなみちであるために、道に置かれている盆栽や鉢植えなどが置かれている。足を引っ掛けぬように注意しなければ困るような状態になっている。人とすれ違うには苦労しただろう。そのうえ、一つでも壊せば恨まれるに違いない。
人によってはこれは庭であり、道ではないと判断されるかもしれない。
フユシラズは苦笑して、少し上に視線を向けた。どの家も板塀の向こうに微かに屋根が見えるくらいで何の店か判断はつかない。判断材料は板塀につるされた看板しかない。店ならば、入り口近くに看板が下がっていた。歯車の絵の店もあれば異国の読めない字で装飾しているものもある。
その中からフユシラズは飾り気のない文字を軒先に見つける。
『機工屋 蒲公英』
いつもなら看板の近くの暖簾をくぐると店主の不機嫌な顔が見える。そして、来客を見つけて片眉をあげてみせて一言。
「何の用?」
そっけなくきくのが店主だった。
しかし、今日に限って戸が閉まっていた。板戸で向こう側が見えない。
フユシラズは首をかしげる。律儀にも休業日には休業札を出すのがこの店主だ。暖簾も出したままというのはおかしい。
「フウリンカ! いないのか?」
戸を叩くと声らしきものが聞こえた。
戸を開けようとフユシラズが手をかけたときむにゅっと何かがその手をなめた。
ごく普通の板戸に口がついていた。真横に三日月型でくっきりとあるそれは口としか言いようがなかった。その口から零れ落ちる舌がフユシラズの手をずりずりなめていた。
赤い口の中には二重の尖った歯が並び、その奥は真っ暗で白い手が何故か浮かんでいる。
振り払おうとした手はぴっちりと舌が張り付いていた。何枚もの赤い舌が絡め取る。
「ふっ、フーリンカーッ!」
「……開けるなと言ったのが聞こえなかったのかい?」
黒い板塀の上から紫の頭が覗く。救世主の声にフユシラズは顔を上げた。半分だけ見える顔で、何故か笑っているのがフユシラズにはわかった。
「ふむふむ。試作品は順調のようだの」
その隣にひょっこりと顔を見せた黒髪の少年は塀の頂上に手をかける。勢いをつけて塀の上に体を引き上げたはいいもののそのまま道に落ちてしまう。
その間にも戸には新しい切れ目が出来てくる。徐々に広がるそれは白かった。それは位置関係から言って目に見える。
フユシラズは思わず、戸を蹴った。
「ドッペルじじいっ! また変なもの作りやがって!」
「一々うるさいのう。年寄りの楽しみにとやかく言うものではないよ」
少年――ドッペルは言いながら立ち上がり埃を入念に払う。そして、懐から拳大の黒いものを取り出した。彼は手にした黒いものを戸についた口に放り込んだ。彼は少し笑うと開きかけた目の間を殴りつける。
「食って良いものは教えただろう。同胞と同じ目に会いたいかい?」
その次の瞬間には舌はなくなり、戸には口も消えていた。
隣に立つドッペルがくつくつと笑いながら手ぬぐいを懐から取り出す。
「迂闊に戸を開けようとしないことじゃ」
フユシラズが呆気に取られているうちにその手に手ぬぐいを押し付ける。
「で、いったい何の用? 出かける用事があるのだけれど」
がらがらと開いた戸の向こうから店主のフウリンカが呆れたように笑った。
「墓場の美人に会いたくない?」
べたつく腕を手ぬぐいでふき取りながら彼は告げた。
ドッペルとフウリンカが顔を見合わせる。
「そういう仕事の依頼」
フユシラズは小さく笑った。
フユシラズが移動路を使い二人を案内したのは二つ隣の駅だった。
どこといって特徴のない住宅地を抜けると鉄塔と田んぼが広がる。所々色が違うのは麦を植えているのだろう。
先頭に立つフユシラズは農道を立ち止まらず歩いていく。目の前には小さな山が見えていた。
ただ黙って歩くことはフユシラズは滅多になかった。様子を気にするようにフウリンカはフユシラズの服の裾をひいた。
「大人しく、理由も聞かずついてきているのだ。そんなに怒るな」
「……大体、アレはなんだよ」
ふてくされたように言うフユシラズにフウリンカは目を丸くした。
「防犯ドアじゃ。フウは可愛いから防犯も気をつけねばな」
ドッペルはくすくす笑いながら言う。フユシラズは眉間にしわを寄せた。わしも美人が見たいとごねられるとはフユシラズも想定していなかった。
贋作屋のドッペルは二軒隣に店を構えている。彼があの界隈の現町内会長であるがゆえに、フユシラズは嫌だといえなかった。
「八割趣味だな」
「うむ。残り二割は心配じゃ。わかっておろうな」
明らかに最後の言葉はフユシラズに対する脅しであった。口をへの字に曲げてフユシラズはまだ服の裾をつかんでいた手に触れた。
「歩きにくい」
フウリンカの温度のない手はあっさりと離れた。
「可愛いやつだのぅ」
ドッペルは哀れむようにフユシラズを見上げた。
しかし、彼は近づいた山に気を取られそれを見ていなかった。
山の中腹にその寺はあった。長い階段の末に最初にたどり着いたのはフウリンカだった。あたりを見回し、僧衣の男を見つけると頭を下げた。
男の顔に不審の色が浮かぶ。フウリンカは口を開きかけたが、思い直したように階段の下へ視線を向けた。
見た目は非常に若いが、本当に若いか誰も知らないドッペルがよろよろと上ってくるのが見える。しかし、フユシラズは影も形もなかった。
「どこへ」
ドッペルに問いかけると肩をすくめてみせたままよろけてこけた。
「たすけてくれぇ」
「ロートルが無理するからだ」
慌てて支えたフウリンカの言葉にドッペルは眉を下げてぱたぱたと手を振る。
「バランス調整がうまくいっていないのじゃ。調整に行ったというのに、戸を蹴倒され突っ立っているおぬしを助けておにゅーな戸を作ってやったというのに。代金は現金一括払いじゃぞ」
「過去の検索をしていただけだ。
クレンは全廃棄されたのではなかったのか」
フウリンカは小さい声で問う。戸を壊されて
「隠れていれば見つかるまい」
ドッペルは当たり前のように告げる。
「当時、徹底的に探されたのにどうやって」
「大方、違法改造でもされたのであろう。認識票をいじるのは今もできるしのぅ」
「それしたら普通は犯罪」
「じゃから、違法というているであろう。それはともかく、早くそっちの御仁に説明したほうが良さそうじゃぞ」
フウリンカはため息をついて、僧衣の男に向き直った。
山は杉林でちゃんと手入れをされていないせいか、薄暗い。ひょろひょろと伸びただけの杉の間をフユシラズは歩いていた。
階段を上っている最中、フウリンカはちらちらと林の奥に視線を向けていた。表面にはあがってこないが、感じるところはあったのだろう。
「仮にも姉妹といったところだな」
ドッペルも奥にいると言ったのだから間違いない。フユシラズは住職の相手を二人に任せ黙って杉林に足を踏み入れていた。
フユシラズは、墓場にいるはずのモノに先に会う必要があった。少なくともフウリンカより先に。
杉林が途切れる。
真新しい墓石が連なる墓場。その奥に小屋が見えた。そして、隙間なく埋め尽くされる花。
「養分がいいのかね」
元気なことで。フユシラズは口の中で呟いて、この場の主の姿を探す。
その姿だけは、知っている。淡くふわふわとした金髪、青い瞳、白い肌に金の飾り文字。細いしなやかな手は大男でも殴り倒せる優れもの。
「こんにちは」
かさりと音を立ててそれは立ち上がった。
その名はクレン。
人ならざるもの。人形とも機械ともアンドロイドとも言われたそれは、見た目と反して中身は全く異なっていた。
家政用に開発されたクレンは途中から防犯も兼ねるようになった。
そして、量産され、家庭にいることもあるようになった。しかし、クレンは、あまりにも人に近く見えた。
時の王は、クレンに心奪われた。
一番愛おしい人と同じ顔をしたものが人に使われていることを嫌った王は、クレンの生産を停止させた。出荷前であった個体は違う顔と名を与えられた。
しかし、既にあった姉妹はすべて回収され、壊された。
顔も色も声も名前も。すべて奪われて、情報を書き換えられ、クレンは一人だけになった。
「良い天気ですね」
王宮といくつか隠されているクレン以外は。
「初めまして」
フユシラズは手を差し出した。クレンは何のためらいもなく手を握る。そっと優しく。
整備をしていないわりにはまともに動いている。フユシラズは微かに笑んだ。残りは説得だけだ。それは、あとの二人のほうが得意だろう。
思いのほか簡単に片がつきそうだ。
クレンはついっと視線を彼の後ろへ向けた。
「今日は、お客様が多いのですね。主様も喜ばれます」
フユシラズがその視線の先を確かめ苦笑した。
何をやっておると責めるような顔のドッペルが大げさにため息をついて見せる。フウリンカは何も言わず、クレンから視線を逸らした。
フユシラズはそこでつないだままの手を思い出した。クレンがそっと手を離し身を翻す。
「こちらへ。主様は動けませんので」
クレンは嬉しそうに笑った。
クレンの言う主は十年も前に亡くなったと住職は言っていた。クレンが人形と彼らに認識されたのもそのときだった。彼らは孫と祖父のようなものだと話をしていたようだった。露出のない服を着ていれば人と区別がつかないほどにクレンはよくできていた。
クレンは主の死後もずっと一緒だからとそのまま一緒に土の下へ埋まろうとしたのだという。住職は、墓の側にいれば良いのではと言い納得したようで、ずっと墓守をしていると。
死を理解しがたいわけでもなく、ただ、約束を守ろうとしただけだろう。人には他愛もないことでも、彼らは覚えている。
忘れることは能力であるとフウリンカは知っている。
「ここを離れる気はないのか」
「ずっと一緒なのです。生きていないから、それで終わりというものでもないでしょう」
少しのよどみもないクレンの言葉は、フウリンカの予想通りだった。フユシラズは少し顔をしかめていた。人とは少し異なる意思は、時折不愉快に思うようだ。
己の為にすることはなく自我があるように見えるとしたら、誰かとの関連のなかにしかない。一人で、何かを為すことはない。
それが、道具というものだろう。
「花を」
細い指先で摘んだ花をクレンは差し出した。小さな墓がそこにあった。墓碑銘もなく、ただ、石を積んだだけのそれは花に囲まれていた。
フウリンカは薄い花弁の花を受け取った。そのまま墓にそなえるとクレンは柔らかく微笑んだ。
「何を言われても、離れるつもりはありません。お引取りを」
柔らかい陽光が地を染める。
「出直すか」
フユシラズが、ため息をついた。クレンは近くの小屋に入り、出てこない。その気になれば何日も出てこなくても困らないのだ。ろう城されると手が出せない。少しも欠けなく持ち帰りたい。
「あれ自体が欲しいのか、パーツが欲しいのか、どちらだ?」
「パーツ。王宮で、予備品を探している。持ち主の意向だ」
「我らは、意識改革をしたのだ。取替えのきく部分など服のようなものだ。それほど難しくもない」
フウリンカの言葉にフユシラズは顔をしかめた。
「ほしいものがある」
数日後、フユシラズは何でも屋通りを歩いていた。
「おっと」
青い髪が視界をよぎる。
「貴方がフユシラズね。妹をありがとう」
すれ違いざまにそれはそんなことを言った。フユシラズが振り返ると彼女の後姿だけが見えた。
最初に来たときもあったのではないだろうか。そんなことを思いつつ、足元に注意して歩く。
珍しくも道に誰かいた。
ドッペルはしゃがんで何かを拾っている。
「わしの試作品がぁ」
フユシラズの姿に気がついたフウリンカは困ったような顔で、無くなった戸を指した。
完全粉砕された戸から庭園と家がよく見える。
「弁償費を請求してもいいと思うか?」
「二度目じゃぞ。色つけて現金一括じゃ」
怒ったようにドッペルが言うと戸の破片をいくつか懐に収めた。
「今度は壊れんような強固かつ、徹底防御のできるのはどうじゃ」
「三軒隣の木材屋から買う」
フウリンカがそういうとドッペルは肩をがっくりと落としてとぼとぼと帰っていった。
「首尾は?」
「山の権利書。残りは分割でという話だ。今そこで、青い髪のを見かけたが……」
「ルリマツリだ。準備は一つを残して終わった」
フウリンカは家に招きいれた。
「妙な感じ」
店内で組み立て済みのクレンの体を点検しつつフユシラズは呟いた。人で言えば死体か、脱ぎ捨てた服か。頭脳だけを移せばいいと言うその気持ちがよくわかない。壊れても自然治癒はしないのだからいつも使い捨てになるとフウリンカは当たり前のように言っていた。そのとき目の前で、小指の関節を外して見せたことも思い出し、フユシラズは顔をしかめた。
人そっくりの体の肌の下はからくり仕掛け。クレン以降のものはこうではない。もっと、明らかに人ではないとわかる色をしている。
フウリンカは、どちらかといえば球体関節人形に似ている。
一番最初はどうだったのだろう。
「完璧。送っといて」
「まだ、終わっていない」
フウリンカは誰かを手招いた。そこに突然現れたのは赤い髪の人形。それはクレンであり、何もかも変えてしまったそれは全く違うものだった。
「名を」
別のものになる儀式。
クレンは、クレンでなくなるために必要なこと。
フユシラズは口を開き、そして……。
SFジャンルに住みたいと思っていたこともありました……。