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いつもお読みいただきありがとうございます!

「ギデオンは狂ったに違いないよ! 絶対おかしい!」


 マクミラン公爵邸から帰る馬車の中でカナンは怒っていた。ライオン獣人やワシの鳥人が怒ると空気が震えて非常に恐ろしいのだが、カナンはオシドリの鳥人である。小鳥が騒がしくピーチクパーチク鳴いているようにしか見えない。


 もともとカナンは性格が悪いので怒っている時よりもむしろ笑っている時の方が怖い。


「別に。俺には戦闘能力はそんなにないが、再生能力があるからこの位の怪我は平気だ」

「どこが! 歯が抜けて骨折までしてるのに!」


 使用人たちが止めに入るまでギデオンに殴られてエーギルは腕が折れたり、歯が抜けたりしていた。


「治るまで書類仕事が減っていい。誰かに押し付ける」

「良くない! ギデオンがいくら母親と番かもしれなかった女を亡くしたからって限度がある。悲しいからって僕たちにどんな態度をとってもいいのか!」


 珍しくカナンは怒っている。エーギルはそんなカナンの様子を見て目を細めた。


「なぁ、カナンの番にエーファのことは伝えたのか」

「伝えてないよ。もうすぐ出産なのに」

「セレンティアのことも?」

「う、ん……まだ」

「じゃあ、カナン。今すぐ番に二人のことを話されて番にショックを与えたくなかったら俺の願いを一つ聞いてくれ」

「なにそれ、脅迫?」

「あぁ、脅迫だ。どうせ次の番を見つけるといっても一番最初の番は特別だろ? 嫌われたくなかったら俺に従ってくれ」

「二人のことは時期を見て話すつもりだからそれは脅迫になってないよ」

「じゃあ、俺がこれから行って話しても問題ないな」

「やめろ! ミレリヤがショックを受けるだろ! 出産に響いたらどうするんだよ」

「カナンの番がショックを受けようとどうでもいい。この姿で向かえばより悲惨に見えて驚くだろう。彼女はどうして教えてくれなかったのかと嘆くだろうな。小さくなれば俺はどこからでもカナンの家には侵入できる。それにカナンがまだ番を見つけに行く前に女遊びをかなりしていたことまで教えればさらに」

「やめろ!」


 余裕のない表情のカナンを見て、エーギルは笑った。


「過去のことはエーギルだって褒められたものじゃない!」

「俺の過去を誰に言うんだよ。セレンティアは死んだ」


 相変わらず、セレンティアの声はもう思い出せない。急に蘇ってくることもない。俺はちゃんと悲しんでいるのだろうか。だって、セレンティアの名前を出してすぐ思い出すのはいつも俺を睨むエーファなんだから。


「エーギルもおかしくなったの?」

「カナン、ここは黙って俺に脅されてくれないか? 番のことを大切に思うのならば」


 どの口が番を大切にと言うのか。思わず自分を笑いそうになりながらエーギルはカナンと視線を合わせた。


「何をしろって言うの」

「カナンの子飼いの鳥をヴァルトルト王国まで飛ばしてくれ。そしてエーファに危険を伝えなければいけない」

「いや、あの女は死んで……ってまさか……本当に死んでないのか?」

「ギデオンは確かにおかしい。あのままじゃ何をしでかすか分からない」


 折れた腕を指しながらカナンの問いには直接的には答えない。


「だから知らせないと。エーファにギデオンが追ってくるかもしれない可能性を知らせないといけない。鳥が一番早いだろ」

「エーギルだけじゃなく、ハンネス隊長まで嘘ついたって言うのか?」


 カナンは信じたくないようで目を見開いている。


「あんな女のことどうでもいいだろ! 庇ってそんな怪我までして!」

「セレンティアならきっとこうして欲しいと言うだろう」

「嘘だ。エーギルまでおかしくなったのか? そんなこと言わないだろ。番のために隊での真実を曲げるなんてそんなことしないだろ」

「俺には分からない。人間の血が少し入っているからなのか。セレンティアを亡くしても死にたいとも思わない。ギデオンみたいにおかしくもなっていない。何なんだ、番って。あの香りに惑わされただけなのか。番さえいれば、俺は完璧なんだと思ってた」


 でも全然完璧じゃない。


 男を殺して彼女の足を折ってまで連れてきても、彼女が依存してきても心は満たされなかった。

 最初のうちはセレンティアがいてくれて心が満たされていたはずだった。でも、嫉妬の目を向けられて依存されるとウンザリした。彼女は番であるはずなのに自分の心が急速に冷めていくのが分かった。本で読んで知っている倦怠期どころの状態ではない。完全に冷めた。


 死ぬ間際の祖父を思い出す。祖父は人間だった。無理矢理ドラクロアに連れてきた祖母をずっと恨んで呪詛の言葉を吐きながら死んでいった。

 番を祖父のようにはしないと誓ったはずなのに。なぜ思い出すのはセレンティアよりもエーファの方なのだろうか。


 背を向けて去っていく彼女は眩しかった。自在に魔法を使う彼女が美しくて羨ましかった。セレンティアとエーファを無意識に比べていなかっただろうか。そしてセレンティアに落胆していなかっただろうか。彼女はギデオンの番なのに。


「分かったよ、やるよ。だからそんな顔しないで。あとミレリヤに接近しないで」


 カナンの言葉にエーギルは意識を目の前に戻した。


「あんまり期待しないでよ。鳥たちにあの女の人相伝えて、伝言も覚えさせなきゃいけないんだから。しかもあいつ人間だから鳥の言葉分からないし。伝わるかどうか」

「異変が伝わればいい」


 ギデオンがどう行動するか分からないが……彼女が無事ならそれでいい。


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