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いつもお読みいただきありがとうございます!

 なんだ、最初からこうすれば早かったのか。

 何も感じない。エーファが死んだと聞いた時よりもずっと何も感じない。番ならもっと感じるはず。


「ギデオン様。エーギル様とカナン様がいらっしゃいま……ひっ」


 執事長が入って来て悲鳴を上げる。ギデオンは子供の頃から見てきた、いつも冷静なはずの執事長を見て思わず笑った。そういえば、この執事長はエーファが来てから慌てることが多くなった。屋敷が燃えかけたり、魔法を目の前にしたりしたのだから当然ではある。


「分かった。これは後で片付ける」

「は、はい。でもなぜ……」


 執事長は狼狽えながら床に転がったタバサを見る。


「ライオン獣人の子供を生むかもしれない女が我が家に必要か?」


 その一言で何があったか悟った執事長は緩く首を横に振った。

 本当はそんな理由ではないが、ギデオンは部屋を後にする。


 タバサとは衝動で番い、その後も何度か番ったはずなのに首を絞めても何も感じなかった。抵抗をやめてダラリと垂れた手を見てさえも。


 番ってもこれなら、こいつは絶対に番ではない。よく考えたら俺が衝動的に番っただけでタバサは俺のことを番だと認識していなかったのではないか。トロンとした目に映っていたのは、金と爵位だけだったのかもしれない。冷えた頭でそんなことを考える。

 

 なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだ? 殺してみれば喪失感で分かるじゃないか。


 客間に入ると、オウカ・マキシムスの件で走り回って疲れているエーギルとカナンがいた。ギデオンたちの隊は継続して森に入っていたが、参謀・諜報の両部隊と一部の戦闘部隊はアジトの制圧や番反対派の捕縛で忙しくしていたはずだ。


「ギデオン。大丈夫?」


 カナンとは久しぶりに会う。たまに仕事中にすれ違うこともあるのだろうが、正直鳥の姿ならどれがカナンか分からない。もうすぐ、カナンは番との間に子供が生まれるはずだ。


 いや、今はそんなことどうでもいいか。


「エーギル。エーファはどこだ?」

「何を言ってるんだ?」


 目を見開いたエーギルの胸倉をつかんで持ち上げる。


「ちょ! ギデオン! 何してるの!」

「カナンは黙っていろ」

「エーファは死んだ。ギデオン、母親とエーファを同時に亡くしておかしくなったんじゃないか」


 エーギルは落ち着けと言わんばかりに、胸倉をつかんでいるギデオンの手をぽんぽんと叩く。


「エーファが死んだと聞いて奇妙な感じがした。番が亡くなったらもっと悲しいはずだ」

「ギデオン、言いたいことは分かるけど……でも……」


 カナンの言葉を睨んで止める。


「そもそもギデオンは番を間違っていたんじゃないのか。リオル家のパーティーだってその女を連れて行ったと聞いた」

「あんな女は番じゃない」

「へ? ギデオン、どういうこと?」


 胸倉をつかまれているのに奇妙なほど冷静なエーギルにギデオンは腹が立った。こいつはいつもこうだ。頭がいいのは認めるが、俺より絶対に弱い。それなのにこの状況で平気そうな顔をしている。


「タバサがアスランと寝ても何とも思わなかった。死んでも何とも思っていない」

「寝るって……まだリオル家って」


 カナンが絶句している。

 タバサからは確かにエーファよりも強く濃く甘い香りがした。頭痛がするほどに。


「ギデオン。何があった」

「何があった、だと。エーギル、お前こそ何を隠している。番だと連れてきたエーファが死んだと聞いただけで辛かった。それなのに、タバサは目の前で死んでいても何も感じない。エーファは本当に死んだのか? お前の目の前で本当に魔物に食われたのか?」

「ギデオン、あの子の亡骸見てないからってそれは」


 カナンの言葉を遮るようにエーギルが口を開いた。


「まさか、新しい番だという女を殺したのか」

「あんな女、番ではない」


 アスランと寝た娼婦のような女だ。抵抗したような跡もなく、夜会後に平気でギデオンの腕に縋りついて甘えてきた。その態度に吐き気がした。エーファに吐き気を催したことなど一度もなかった。


「エーファが俺の番だったはずだ。でも、死んだと聞いて苦しかったがそこまで俺は衝撃を受けていない。だから、エーファはまだ死んでない」

「ギデオン、それは無理があるよ。エーギルだけじゃなくハンネス隊長だって証言しているんだから」

「ハンネス隊長とエーギルが嘘をついていたら可能だろう。他に目撃者はいないんだよな」

「ギデオン……よほどショックが大きかったんだね。休んだ方がいいよ」

「あぁ、カナンに賛成だ。エーファは俺たちの目の前で魔物に襲われて食われた。ブラッドベアだったか」

「ハンネス隊長はブラックコモドオオトカゲと言っていたはずだ」

「竜人の争いにも巻き込まれたんだ。記憶があいまいかもしれない。調書を見てくれればどっちだったか分かる」


 鎌をかけたものの、エーギルは表情も変えず引っ掛かりもしない。


「ギデオン、お前は公爵夫人とエーファの死で自覚はないだろうが、かなりショックを受けている。そんな中でアスランが番にちょっかいを出してきたんだ」


 エーギルはいまだに胸倉をつかまれたままだが、淡々と語る。今日という今日はエーギルの鮮やかなブルーの髪にさえ腹が立った。


「決闘があったという話は聞いていないが、決闘するような精神状態じゃなかったんだろう? アスランは力が強いから決闘にならなくて良かった……ギデオン、頼むから休んでくれ。戦闘部隊の仕事だけでも休めば違うだろう」


 ギデオンは反論しようとして息を吸い込んだ。

 あの抗えないほどの甘い香りがしなくなって頭痛もしないのに気づき、気分が良くなる。少し冷静になってエーギルとカナンを見た。


「なんでそんな憐みのこもった目で俺を見るんだ」

「見てないよ! 心配なだけだ」

「ギデオン、落ち着いてくれ」

「エーギル。もう一度聞く。エーファはどこだ」


 胸倉をつかんだ手を引き寄せてエーギルと目を合わせる。


「エーファ・シュミットは俺の目の前で死んだ」


 エーギルは一切、動じていなかった。


 幼馴染で長い付き合いだ。一切動じていない、何の悲しみも目にないのを確認してエーギルが嘘をついていると確信した。


「ギデオン!」


 エーギルを殴りつける。カナンが悲鳴に近い声を上げて近づいてくるのを、エーギルが手を上げて制止した。ぷっと口から何かを吐く。歯が折れたらしい。


「嘘をついたな。エーファはどこだ! どこに隠した!」

「ギデオン! やめるんだ! 誰か! 誰か来てくれ!」


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