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いつもお読みいただきありがとうございます!

「とりあえず、キーンは連れて帰るか」

「はい」


 エーギルがキーンの亡骸を肩に担ぐ。その一連の動きをぼんやり眺めながら、そういえばエーギルとはセレンが亡くなった後に見舞いで会ったきりだった。正直、まだあまり会いたくない。彼のおかげで怪我を免れたが、会いたくないものは会いたくない。それに、エーギルはギデオンの幼馴染だ。ギデオンの肩を持つのではないだろうか。


「あの。宰相はオウカのことを気付いていたんですか」

「番相手にはどうしても判断が鈍くなる。あのトリスタンでさえも」


 ギデオンのタバサに対する態度とカナンのミレリヤへの態度を思い出して、エーファは少し納得した。


「あいつも忙しいからな。竜王陛下といっても獣人や鳥人全部を気にかけるわけじゃないし、ドラクロア全体の政治を行う訳じゃない。天空城をのぞいたドラクロアの運営はトリスタンが中心で行ってる。でも、勘づいてはいた」

「じゃあ、これからオウカはどうなるんですか?」

「さぁな。トリスタンが考えるだろ。ゾウの獣人はこえーからな。一見賢くて穏やかで優しいが、一度怒らせると手がつけられねぇ。よし、帰るぞ」


 ハンネス隊長は話しながらブラックバードを引きずり始めた。エーギルも続き、エーファも続こうとした。


「エーファ。お前はあっちだろ」

「へ?」


 ハンネス隊長が指差すのは戻る道とは逆方向だ。


「まだ魔物がいましたか? 索敵には引っ掛からないんですけど。あ、それとも隊長を襲った三体も回収するってことですか?」

「ちげーよ」


 呆れたように吐き出された言葉にエーファは訳が分からず顔を顰める。


「さっきまでこの辺で竜人が争ってたんだ。魔物はびびってしばらく出ねぇよ」

「あ、そうですね」

「だから今のうちに逃げたらどうだ」

「は?」

「服の切れ端でも残しとけよ。俺たちが別で対処してるうちに魔物に食われたって言っといてやるから」


 エーファは驚いて言葉が出ず、呆然とハンネス隊長を見つめる。


「気付かれねぇとでも思ってたのか。お前の様子がおかしいのくらい分かる。頭固くてアホなオオカミ獣人じゃあるまいし」


 さりげなくギデオンの悪口を混ぜてくる。思わず、エーファはエーギルを見た。エーギルは明らかにわざとらしく下を向いていたので視線は合わなかった。


「お前が番反対派に入ってなくて、過激なメンバーでもないことが分かれば俺は別にいいんだよ。ギデオンに何かしてようとしてなかろうと。オオカミ獣人のことは嫌いだしな」


 しっしっと追い払われるような仕草をされてエーファは逃げようと計画していたにも関わらず、ハンネス隊長からもう要らないと言われたようで傷ついた。


「なにグズグズしてんだ。魔物が少ない今がチャンスだろ」

「いつから」

「あ?」

「いつから分かってたんですか?」

「んなもん最初からに決まってんだろ。お前とギデオン、釣り合ってねぇからな」


 エーファが口を開こうとすると、ハンネス隊長は被せてきた。


「最初から親の仇でも見る目しやがって。そんな気骨のある、十三隊で森の中まで入って戦える奴に爵位だけの男が釣り合う訳ねぇだろうが」


 遠回しに褒められているような空気だ。エーファは思わず目を瞬いた。

 

「俺は辛気くせぇのは嫌いだから。じゃあな。エーギル、後の説明はしとけよ」

「……ありがとうございました」


 ハンネス隊長は言うだけ言うとさっさと向こうに行ってしまった。エーファは掠れた声でかろうじてお礼を言い、背中に向かってだがお辞儀をした。別れも言わず逃げ出すつもりだったからここで泣くわけにはいかない。


「隊長が話した通り、今は竜人のおかげで魔物が少ない。体力が温存できるだろう。ただ、オウカ・マキシムスはキーン以外にも差し向けてくるかもしれない。おそらく大丈夫だろうが注意はしておけ」


 淡々としたエーギルの言葉の最後に若干疑問を抱いたものの、エーファは頷いた。


「今朝、マクミラン公爵家に寄った。ギデオンは二重人格者のようだった」

「そうは思えないけど……普通にあの彼女が番なんじゃないの?」

「お前の名前を出すと我に返ったように考え込むのに? 記憶喪失と言った方が正しいか」

「私は番のことなんて分からないから。何とも」


 どうせギデオンの肩を持つんだろう、何を言っても無駄だとばかりにエーファが投げやりに返すと、エーギルは笑った。


「俺も言えたことじゃない。番を亡くしたのに、俺は死にたくもならない。大して弱ってもいない。胸に穴があいた気がするが、それもだんだん薄れてきている。だから、お前がギデオンに何をしていようといなかろうと何も言わないことにした」

「……悲しみ方は人それぞれでしょ」

「行く前に、セレンティアの最後の言葉を教えてくれないか」


 やっとエーギルと目が合った。彼が視線を外し続けていたからだ。嘘はついていないように見える。


「もうセレンティアの声も忘れてしまった。番なら覚えていられると思っていたのに。酷いよな、全部忘れないはずだと思ったのにどんどん薄れていく」


 独り言のような呟きで、エーファも彼女の声がどんなものだったか正確に思い出せないことに気が付いた。顔は覚えている、どんなものが好きかも覚えている。よく口に出す言葉、口ずさんでいた歌も覚えている。食事のマナーが綺麗で、所作だって美しいことも。でも、声はどうだっただろうか。頭の中で再現してみたが、もう少し低かったような気もするし、高い気もする。


「私はあいつらの思い通りにはならない。これが私のあいつらへの反撃の狼煙だから」


 声の高さは忘れても、あの光景だけはエーファがしっかり覚えている。

エーギルは歯を食いしばるような表情をした。もしかしたら、そう見えただけで歯を食いしばっているのはエーファだけかもしれない。


「ありがとう。俺はこれでちゃんと生きていける」


 どういうことだろうか。首を傾げるエーファにエーギルは笑った。


「参謀部隊と諜報部隊でオウカ・マキシムスの行方を追っている。さっき竜王になったルカリオン様は下界に先代竜王よりも干渉しないはずだ。だから彼女は行動を起こしたとみなされている。多分ギデオンの件もあるだろうが」


 急に戻った話に驚きつつもエーファは頷いた。


「お前は元婚約者のところに戻るのか」

「そうよ」

「セレンティアもあのまま過ごしていたら……いや何でもない」

「侯爵令嬢と使用人が結婚できるわけないから」

「そうか」


 エーギルはいったん空を見上げた。


「時間を食ってしまった。もう行った方がいい」

「あ、うん」

「墓にイーリスを飾ってくれたことも、魔法を教えてくれたことも。感謝している」


 まっすぐな感謝の言葉。エーファはエーギルに「お前が死ねばよかった」と言いかけたことを初めて後悔した。エーギルに魔法を教えていなかったら、彼は自分を庇って見逃してくれただろうか。セレンティアの死が大きい気もする。


「さっきはブラックバードから庇ってくれてありがとう」

「あぁ、じゃあな。気を付けて帰れよ」


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