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【連載版】エーファは反溺愛の狼煙を上げる  作者: 頼爾@11/29「軍人王女の武器商人」発売
第六章 愛の被害者

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いつもお読みいただきありがとうございます!

「エーギルの護身用の銃よ」


 最初にこの国に来ると決まった時のあのパーティーの頃のような彼女の懐かしい声がする。声が出なくなってから伏せられがちだった目が今はしっかり前を向いている。


「声が……」

「えぇ、戻ったわ」

「良かった。あの、早く逃げましょう。もしかして放火ですか? 犯人がどこかに?」

「ふふっ、あなたってお人好しよね」

「え?」


 近付こうとしたが、マルティネス様は自身に銃口を向けた。


「それ以上近付いたら自殺するわ。あぁ、魔法で水をかけるのもやめてね。本気よ」


 意味が分からず、目を瞬く。さっきまでマルティネス様に集中していて気付かなかったが、床に火薬らしきものが撒かれている。


「まさか、この火事はマルティネス様が?」

「それ以外誰がやるのよ」

「どうして……こんなこと」

「どうして? あなたには魔法があるからどうして、なんて聞くんでしょうね」


 そんな会話をしている間にも火は燃え広がっている。


「マルティネス様! どうしてか分かりませんが逃げましょう! 燃えちゃいます!」


 燃え盛る炎の向こう側で彼女は笑っている。彼女はあんな目をしていただろうか。


「嫌よ。私はここで死ぬの。そう決めたの」

「そんな……」

「最初からこうしておけば良かったんだけど監視がきつくって。大人しくしていたら監視がすぐ緩んできたから火薬も銃も油も手に入れやすかったわ。エーギルの部屋にも簡単に入れたし。どこの家も魔物の急襲に備えて置いてあるんですって」


 どうしよう。どうしたらいいだろう。ここまでしている彼女を説得できるだろうか。それか、スピード勝負で無理矢理あの銃を奪うか。


「私に家に来るなって言ったのは……これを起こすためですか?」

「半分はそう。もう半分は嫉妬」


 マルティネス様は私の混乱と動揺を見て笑いながら、銃を自身のこめかみに当てた。炎から守るために彼女の周囲にこっそり結界は張ったが、あの近距離で発砲されては守れない。体ぴったりに結界を張り始めたら気付かれてしまう。


「本当よ。セドリックが目の前で殺されて。私の生きる意味はなくなった。でも、毎日優しくされて、セドリックのように愛を与えてくれるならエーギルでも愛せるかと思ってしまったの。まったく。酷い勘違いよ。他人の、しかも人殺しに依存して期待するなんて私は一体何を考えていたのかしらね」

「何か……あったんですか?」


 この前の彼女とは明らかに様子が違う。


「しいて言えばあなたがエーギルに魔法を教えたことだけど。でも違うわね。遅かれ早かれこうなっていたはずよ。だって、セドリックの代わりには誰もなれない。もう私をあんなに愛してくれる人はいない」


 笑みをたたえながら涙が落ちる。マルティネス様はそんな表情をしている。


「私からセドリックを奪った。なら、私だってエーギルから何かを奪ってもいいはず。そうじゃないと不公平だわ。私はこれだけ傷ついた。エーギルも私と同じだけ傷つくべきよ。そうでしょう? だって私よりも魔法が大切なんだから。私に愛をくれないんだから」


 違うとは言えなかった。エーファの原動力はその憎しみだから。細かい理由は違えども今、マルティネス様を否定することはエーファ自身を否定することだから。


「さっき、あなたが外でギデオンと言い争うのを聞いたわ」


 彼女の目にはっきり見えるのは覚悟と狂気。気圧されてエーファが何も言えないでいると、マルティネス様はいつになく饒舌に喋る。


「私のこと、ずっと家名で呼んでいたけど。友達って言ってくれて嬉しかった。よく考えたら母国でも友達と呼べる人はいなかったものね」

「すみません……セレンティアって呼んでいいかタイミングを逃して聞いていなくって」

「セレンでいいわ。あなたはとても勇気がある人よ。私はエーギルに縋って依存するだけであなたみたいな振る舞いはできなかった。彼はセドリックを殺したのにね。一時でも愛そうと、愛せると、また愛してもらえると思ってしまった」


 燃えた天井の一部がガラガラと降ってくる。


「セレン! 逃げましょう! それで一緒にヴァルトルト王国に帰りましょう!」

「ねぇ、エーファ。お願いがあるの。あなたが無事に母国に帰ったら、これをセドリックのお墓に入れてほしいの」


 下投げで放られたのは、彼女が頻繁につけていた髪飾りだった。小さくて主張しない、彼女にしては安価なものを身に着けていると不思議に思ったことがある。きっとこれは恋人からの贈り物なんだろう。


「セレンがやったらいいでしょう!」

「私はもう覚悟を決めたの。エーギルたちって人間を見下しているでしょう? 私はね、あなたみたいに魔法は使えない。あなたみたいに生きれたらいいけど生きれない。あら、もしかして。私はあなたになりたかったのかもしれない」


 銃を当てながら彼女は上品に頬に片手を当てる。


「そんなことは! セレンは私なんかよりずっと素晴らしい人です!」

「ありがとう。でも、どこまでいってもどの国にいても私は私でしかない。エーファ、ごめんなさいね」

「何をっ」

「私はあなたを遠ざけたつもりだった。ミレリヤはミレリヤで何かあるんでしょ? 私のことを気にかけてくれているのはあなただけだったから、どうしても見てほしくなかった。目的をしっかり持ったあなたに縋るわけにはいかなかった。でも、あなたは今この場にいる。もしかしたら関与を疑われるかもしれない。ほら、軍から銃や火薬持ってきたんじゃないかとか」

「そんなのいいですから! まだ間に合うから逃げましょう!」


 セレンはエーファをまっすぐ見ながらより強くこめかみに銃を当てた。


「覚えていて。私はあいつらの思い通りにはならない。これが私のあいつらへの反撃の狼煙だから」


 パンっと間抜けな乾いた銃声が響いた。セレンの腕が力なく落ちて、銃が地面に転がる。続いて体がイスから落ちる。


「セレン!」


 慌てて駆け寄ったが、頭を撃っていて血が床に広がっていく。


「あ……あっ」


 自分の口からうめき声とも何とも言えない声が出た。こんなに彼女が本気だと思わなかった。まさか銃を撃つなんて。

天井の一部がガラガラとさらに落ちて来る。


 火薬に火がついて爆発し衝撃で結界が壊れそうになるのを張り直す。セレンの閉じきれなかったブルーの目が薄く開いていた。エーファはかがんで、彼女の目を閉じさせた。


 ふらふら立ち上がって、やっぱり思い直してもう一度かがんでセレンの髪の毛を風魔法で切った。元の場所に戻って投げられた髪飾りを拾う。

 セレンくらいの重さなら担いで脱出はできると思う。でも、セレンはそれを望んでいない気がした。死んだ後もエーギルに髪の毛一本でも持っていられるのはきっと嫌なんだろう。彼女が最後に求めたのは殺された恋人だ。


 振り返ると、倒れたセレンの体が火に包まれていく。天井の一部が彼女の上に落ちて姿が見えなくなった。


 天井を壊して鳥人たちが入ってくるまで、エーファはずっとセレンのいたところを見つめていた。


これでこの章は終わりです。


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