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いつもお読みいただきありがとうございます!

次回から新章。

「なんで……あなたがここにいんの」


 こちらに背を向けた男の黒く長い髪がなびいてエーファの顔に当たりそうになる。

 飛び去る鳥の危険を知らせる恐怖の鳴き声がそこら中に響き渡っている。弱い魔物も逃げ出しているのか森が騒がしい。


「今日はエーファの初陣だろう。母が心配していた。お前、母に今日から新しい職場だと説明していただろう。あまりに母がお前のことを心配するから俺がこっそり見て来てやると言ったんだ。で、生きているか見に来たらこんなデカいだけのネコが威張り散らしていたからな」


 振り向いたリヒトシュタインがこともなげに言う。魔物を前にした時よりもずっと空気が張りつめている。気を抜いたら皮膚が切れるんじゃないかと思うほどビリビリした威圧。鳥が真っ先に逃げ出すわけだ。


「それで? いつからリオン家はこんなに偉くなったんだ?」

「殿下。申し上げますが、ライオン獣人のリオル家でございます」


 異様な空気の中、真っ先に正気に戻ったのはハンネス隊長だった。


「殿下と呼ぶな。不快だ」

「っ! 申し訳ございません」


 リヒトシュタインは不快と言いながらも軽くハンネス隊長を一瞥すると、ライオン獣人たちの方へ向き直った。やっぱり身分としては殿下だよね。竜王陛下の子供なんだから。


「で、お前らはそんなに偉いのか?」


 エーファがいる場所からは背中しか見えないが、リヒトシュタインの声は楽しそうだ。ライオン獣人たちはさっきまでのニヤニヤ笑いを引っ込めて、青ざめ震えている。


「エーファには竜の臭いがついていたはずだ。なんたって一昨日も俺の母の話し相手になりに来たからな。竜への恐怖が薄れているのか? それとも我々の強さを忘れたのか。たかがでかいだけのネコが」


 ライオンは確かにネコではあるけども。でも、ライオン獣人が縮こまって震えていてもネコほど可愛くない。


「お前、竜王陛下の番様の話し相手してんのか」

「はい」

「なるほど。だからわざわざリヒトシュタイン様が」


 ハンネス隊長は訳知り顔で頷いているが、エーファにはさっぱり分からない。


「番様の話し相手ってことはお前、竜王陛下から見ても重要なポジションってことだ。お前に戯れでも襲い掛かるなんざ、竜王陛下にケンカ売ってるようなもんだ」

「そうなんですか?」

「そうだ。お前を舐めてかかるということは番様をないがしろにしていることと同義だ」


 エーファは不勉強を今ここで後悔した。まだギデオンが手配した家庭教師と勉強を始める調整がついていない。ドラクロア、めんどくさい。そもそも入隊した初日から舐めてかかられていたのに。


「お前がリーダーか。ネコがどれだけ強いのか見せてみろ」


 リヒトシュタインがアスランに近付いて腕を掴んでいた。それだけで骨が砕けている音がする。断末魔のような悲鳴が上がり、ハンネス隊長も誰もかれもが口をつぐんだ。


「なんだ? 振りほどくくらいできるだろう?」


 悲鳴はアスランが発しているものだ。身をよじっているがリヒトシュタインはびくともしないし、彼を助けようとするライオン獣人は出てこない。


「つまらんな」


 リヒトシュタインがすぐにアスランを放り投げた。軽く押しただけに見えたのに、アスランは数メートル吹っ飛んで木にぶつかって地面に倒れた。


「我こそはという奴はいるか? そういえばデカいネコは女が狩りをメインで行うんだったか? あれだけ偉そうにしていたんだ。俺くらい強いんだろう?」


 リヒトシュタインが楽しそうにライオン獣人の集団に目を向けると、隊員たちは一斉に首を振って跪いた。


「つまらないな。じゃあ、もう去れ」


 リヒトシュタインは興味を失ったようにライオン獣人たちに背を向ける。彼らは慌てて腕を押さえて呻くアスランを回収して走り去った。

 あのくらいのスピードが出せるなら魔物を簡単に狩れるんじゃないかと思う。


「俺ももう戻る。気骨のないネコだ。つまらん」


 欠伸をしながらばさっと背中から黒い翼が出現して、リヒトシュタインが飛び上がった。


「あんなつまらんネコに変なものを燻らせるなよ」


 リヒトシュタインが現れたのも唐突だが、去るのも唐突。あっという間の出来事だった。



「隊長。あいつら魔物置いていきました」

「あぁ、そうみてぇだな」

「これってもう今日は横取りされませんか? 解体所の前で待ち伏せされますかね?」


 呆気に取られていた十三隊の隊員たちが残された魔物に気付き、ワラワラとハンネス隊長の周りに集まる。


「解体所の周りは人目がある。あそこで奪うくらいなら今までだってここで待ってなかっただろうよ。こっから運ぶのだって一苦労なんだ。アスランも怪我してあっちもそれどころじゃねぇ」

「じゃあ、これ全部俺たちの取り分ってことっすか?」

「え、こんなに?」

「横取りされないって奇跡じゃね?」


 そんな頻繁に横取りされてたのか……。

 エーファは一人で立っているキーンに声をかけた。


「怪我はしてませんか?」

「少し捻ったくらいですね」

「助けていただいてありがとうございました」

「お礼を言うのはこちらの方です。魔物を横取りされずにこんなに持って帰れることは非常に珍しいです」

「やっぱり普通に考えて、隊で狩った魔物は隊員たちで山分けなんですよね?」

「そうです。隊の中にも序列はありますが、これだけあればいきわたるでしょう。あなたのおかげです」

「いや、リヒトシュタインが出てきただけですよね……」


 キーンは初めて驚いた顔をした。


「殿下を呼び捨てで呼べるなんて」

「あ、いえ。番様の前では呼び捨てで呼ばないといけないだけで。いつもは様付ですよ」


 竜人の呼び捨ては不味いらしい。様なんてつけたことがない。慌ててエーファは話をそらす。


「さっきのライオン獣人は簡単に骨も折られて吹っ飛んでましたけど、ライオン獣人が弱いってことではないんですよね?」

「あり得ません。現に私はライオン獣人にやられたでしょう?」

「あ、いえ。あのリーダーだけ弱いのかなって」

「それもあり得ません。ライオン獣人は鳥人も含めていいのかは分かりませんが、地上で最も強い獣人です。しかし、ライオン獣人を圧倒するほど、いえ相手にならないほど強いのが竜人なのです」

「ちなみに、オオカミ獣人よりライオン獣人の方がはるかに強いんですか?」

「えぇ、そうです」


 うん、竜人の番じゃなくて本当に良かった。


「それにしても竜人が地上に干渉してくるのは珍しいですね。ライオン獣人たちは調子に乗っていましたから仕方がないですが」

「スタンピードが発生したら干渉するんですよね?」

「我々の手に負えなくなった頃合いで、ですね。竜人から見たら我々はアリくらい弱いのですよ。だから、基本的に竜人はたいして我々に興味を持っていません。個人的に興味がなければその辺のゴミと同じ扱いですよ」


 キーンはなぜか気の毒そうにエーファを見た。


「エーファさんは……大変ですね」


 解せない。その視線だけは解せない。


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