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いつもお読みいただきありがとうございます!

「こいつが新入りの人間だ」

「あぁ、こいつがギデオンの番か。確かに竜の臭いがついている。とうとうマクミラン公爵家にも人間の血が入るのか。汚いな」


 エーファがハンネス隊長の背に駆け寄ると、くいっと親指で指される。

 人間と呼ばれるのはいいけど「ギデオンの番」と呼ばれるのは腹が立つ。せめて将来のマクミラン夫人とかじゃない? それに汚いって?


 一番偉そうなライオン獣人は上から下までエーファを舐めるように見回す。気持ち悪い。視力悪いのか、この人。


 完全に油断していた。

 そう気づいたのは念のために張っておいた結界がパリンと音をたてて割れたからだ。ブラックバードの攻撃を何度か防いだはずの結界が割れた。エーファの結界の強度が高くないのは分かっているが、今のこの一瞬で?


 慌てて飛びのいたのと、ハンネス隊長がエーファを背に庇ったのは同時だった。ハンネス隊長は低く唸っている。


「アスラン、てめぇどういうつもりだ」

「魔法を使う人間がどの程度のものか確認しただけだ。それにしても結界か。面倒だな」


 アスランと呼ばれた偉そうなライオン獣人は、エーファが何重にも張っておいた結界のあたりを掴んで力を込めた。またパリンと結界が割れる。


「強度はそれほどでもないか」


 初対面の偉そうな男に改めて言われると腹立つ。


「いいのか? また油断して」


 背後にコヨーテでもハイエナでもない重い気配。しまった。結界は張ってあるけど、一撃で破壊されるほどのパワーなら重ね掛けしないと!


 結界を張りながら振り返ったエーファの目に映ったのは、飛び掛かってくる女のライオン獣人に横から体当たりするキーンだった。

 空中でバランスを崩したライオン獣人につかみかかり、二人は地面に転がりながら唸る。


「アスラン! 魔物は渡したはずだ。やめさせろ。戦闘部隊同士で争って何になる」

「竜の臭いで誤魔化されると思うか? ジンメンバードなんて不味くて食えたもんじゃない。ブラッドベアもあるはずだ。出せ」


 エーファが空間魔法に入れているクマの魔物。あれはブラッドベアだったのか。あんなに大きいのは母国で見たことがない。いや、それは問題ではない。問題なのは、空間に入れてある魔物にアスランが気付いていることだ。


「それじゃあ俺たちの魔物がほとんどなくなっちまう」

「お前らはハント率が高いからこれからまた狩りに行けばいい。最近、隊員の家庭に子供が生まれたところが多くてな。食わして強くするには今まで以上に魔物の肉がいる」

「お前ら強いんなら寝てばっかいないで魔物狩ればいいだろ。それに子供が生まれてんのはこっちだって一緒だ」


 ここにエーファではない令嬢がいればアスランはどう見ても美男子だと言うだろう。ハンネスの顔はなかなかに威圧感があるから。

 でも、アスランがやっていることはカツアゲだ。美男子によるカツアゲ。美男子だろうとそうじゃなかろうと最悪である。


「出さないならあいつの足を噛みちぎる」

「やめろ!」


 振り返ると、かばってくれたキーンがライオン獣人によって地面に押さえつけられていた。何とか逃れようとしているが、聞いた通りライオンの方が力が強いようだ。

 エーファは自分の手が震えていることに気付いた。恐怖? いや、恐怖ではない。これは、理不尽に対する怒りだ。だって目の前がちょっとだけ赤くなるほどエーファは腹が立っている。


「どんくさい人間に教えてやろう。服にブラッドベアの臭いがついていたぞ。あの肉はうまいからな。逃すわけがない」

「恥ずかしくないんですか? 自分で魔物と戦闘せずに他の隊から奪って。しかも汚いと罵る人間からも」

「エーファ! やめろ!」


 アスランの額に青筋が一瞬立ったところで、ハンネス隊長は大きな手でエーファの口をふさいできた。プライドが高いのも本当らしい。


「アスラン。キーンを放してくれ。そうしたらブラッドベアを出す」

「先にその人間がさっきの発言について謝ってからだ」

「ドラクロアの常識を人間が知るわけない! まだこいつは国に来たばかりなんだからいいだろ! ブラッドベアは渡す。今日のはいつもより大きめだ」


 ハンネス隊長の言葉にアスランは顔を顰めたが、ライオン獣人に向かって顎をしゃくった。キーンが咳き込みながら解放される。


「エーファ、出してくれ」


 ハンネス隊長の懇願するような視線。

 あぁ、この人は嘘つきだ。「足手まといになったら置いていく」なんて言いながら、隊員を守ってばかりじゃないか。


 素早く周囲に目を走らせる。キーンを取り押さえていたライオン獣人は集団の中に歩いて戻っている。他のライオン獣人たちはニヤニヤしながらやり取りを見ていた。女性が多いな。ライオンの場合はメスが狩りをするからだろうか。

 一か所にあいつらはまとまっているなら、あそこに魔法を放てば――。


「エーファ。変なこと考えるんじゃねぇ。黙って渡せ」


 思考はハンネス隊長に遮断された。


「重いから時間がかかってんのか。もう少し待ってくれ。これ以上隊員たちを危険に晒すな」


 前半はアスランに向かって、後半はエーファに唸るように言われた。


「悔しくないんですか? こんな理不尽」


 エーファはいかにも魔法を発動していますというポーズのために指を組む。自分の指が小刻みに震えている。やっぱり、これは怒りだ。


「悔しい。でも、あいつらをこんなことで傷つけるわけにはいかない。今日はお前のおかげで消耗が少ないからまだ少しは狩れる。備蓄もあるからな」


 エーファは唇を嚙みしめた。ドラクロアに連れてこられると決まった瞬間から、理不尽しか感じていなかった。そして今日、この場でも大きな理不尽を感じている。


「私も隊員に入ってるんですか?」

「当たり前だろ」


 ハンネス隊長の即答でエーファの心は決まった。


「ほぉ。ただのデカいネコがいつからそんなに偉くなったんだ?」


 鳥が恐怖の鳴き声を上げながら一斉に飛び立つ。聞き覚えのある声にエーファは顔を上げた。


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