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「東に右目 西の左目 自問して踊るがいい 赤き悪魔よ 燻り燃え上がり焼き払え 堕落火!」
詠唱と共にデコピンを弾くと、炎の壁が数十メートルにわたって上がった。空中のエーファと地上のアリスは炎の壁で隔てられたわけだ。うっすら動く影が向こうに見えるから丸焦げにはなっていない、はず。
周囲を見回すと他の隊員たちもちゃんと逃げていた。が、エーファを見る目が完全に怯えている。やだなぁ、中級の中でも下の方の魔法をちょっと威力込めて詠唱しただけなのに。こっちの手の内明かす気はないから、魔法を使って疲れた演技くらいしておこうか。
「おい、中断だ! 中断!」
「もう降参でいいだろ! 意識ないぞ!」
あれ、メラメラ燃える炎の壁の向こう側にいる隊員たちがギャーギャー言っている。
「エーファ。もういい。アリスは気絶してる。戦闘不能だ」
ギデオンの声がする。あたりを見回すとカイン先輩も頷いていた。エーギルも視界に入る。あれ、なんであの人興奮した顔してるんだろう。ほとんどのオオカミ獣人は火にびびってるのに。
パン
エーファが手を叩くと炎の壁が消える。確かに壁の向こうには倒れているダークブラウンのオオカミと取り囲む隊員たちがいる。気絶しても獣化って解けないものなのね。
ちゃんと相手が気絶しているのをよくよく確認してエーファは地上に降りる。
ギデオンが駆け寄って来てエーファを抱きしめた。
あまりの気持ち悪さに吐きそうになる。
「無茶をするな」
何わかったような口きいてるんだ、このオオカミ。
「私、指差されるの嫌いなんですよ」
「それは悪かった」
拒絶で吐きそうになるが、今の状況の方が情報は引き出しやすいだろう。
「彼女は強いんですか? 私に敵意むき出しだったので怖かったです」
大嘘です、全然怖くなかったです。エーファがちょろい女であったのならば、スタンリーと婚約していなかったならばこの状況はとても美味しかっただろう。客観的に見ればイケメンに抱きしめられているのだから。現実は吐き気をこらえて、頑張って踏みとどまっている。
「うちの隊ではナンバースリーだ」
エーファは思わず震えた。歓喜と希望で。いけるかもしれない。
それをギデオンは間違って受け取ったらしく、さらに強く抱きしめられる。腹立つ。
「みなさんが見ているので」
カイン先輩に視線で助けを求めると、ギデオンを引きはがしてくれた。
「ギデオン。はっきり言う。彼女の魔法は凄いが、うちの隊では無理だ。同僚を焦がしかけるような人物を誰も信用しない」
「最初に突っかかったのはアリスだ」
「それでもだ。こんな魔法を使う奴と俺たちは連携を取れない。見ろ、怯えてるだろ」
若い隊員たちはエーファが視線を向けるとかわいそうなほど怯えている。あ、よく見たらアリスの尻尾と右側の腹のあたりが焼けている。堕落火から逃げ切れなかったんだなぁ。
「俺たちはチームワークが命だ。彼女を入れるのは無理だ」
カイン先輩とギデオンがにらみ合ってギャーギャー言い争いをするのを無視して、倒れているアリスに近付く。
「治療してあげないんですか? 医療班がないとか?」
「今呼んでいる」
「ふぅん」
エーファは手をかざして、大量の水をアリスにかけた。
「これで応急処置はオッケー」
「待てよ! アリスに謝れ!」
怒れる隊員に呼び止められてエーファは本格的に頭が?に埋め尽くされた。明るめのブラウンの髪をした男性隊員である。
「え? なんで?」
「訓練なのにやりすぎだろ」
「じゃあ、魔物にもそう言ったら? やりすぎだから謝れって? そもそも謝れって言うんなら私がさっき彼女に近づいた時に飛び掛かって止めるくらいしなよ」
それなら応急処置はしなかったけど。近くにいたブラウンの男性隊員が消えた。と思ったら発動していた結界に衝撃が走る。グワンと音がして今度は男性隊員が痛そうにうずくまっていた。今、飛び掛かってきたようだ。
「謝ったら彼女も立つ瀬がないと思うけど。舐め切ってた人間に火傷させられて謝られるって屈辱以外の何物でもなくない? そもそも彼女が私を舐め切って、あと指差してこなかったらここまでしなかったよ。あれが私の精一杯だけど」
嫌味の中に非力アピールも忘れない。悔しそうに男性隊員に睨まれるけど、これって私が悪いんだろうか。堕落火は別にそれほど高度な魔法でもない。
「じゃ、そういうことなんで。手合わせありがとうございました」
倒れているアリスに頭を下げて、エーギルのところに向かう。この場で唯一冷静なのはエーギルくらいだろう。カイン先輩はまだギデオンと言い争いをしている。
「ね、空気に耐え切れないから帰りたいんだけど」
「あ、あぁ」
その恍惚とした表情は何? もしかして火が好きとか? 火を見ると落ち着くって人たまにいるもんね。
「私にこの隊は無理」
「飛べるなら鳥人部隊か?」
「ん-、でも飛ぶのに魔力消費するからどうかな。銃は猪相手に数回しか撃ったことない」
「とりあえず、ギデオンは頭に血が上ってるからここは抜けるぞ」
「あれってあの人が異常なの?」
「番を見つけたての獣人にはよくあることだ」
「マジですか」
公私混同しすぎ。命懸かってる仕事はちゃんとしてほしい。
呆れながらエーファは怯えた視線を向けられ続ける訓練場を後にした。