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エーファは反溺愛の狼煙を上げる8 傷跡

いつもお読みいただきありがとうございます!

これで番外編も完結です。

 竜人の考えはよく分からない。どうして今更こんなことを言い出すのか。


 エーファのことが邪魔になったのならそう言えばいい。他に好きな女ができたとか。そんな考えが頭によぎって嫌になる。

 リヒトシュタインの行動を見るとそれはなさそうだ。他に女がいるなんてこともないだろう。スタンリーとリヒトシュタインは全く違うのに。


 スタンリーとの会話が聞こえたのかもしれない。耳が人間よりもずっといいから。

 でも、スタンリーとはきちんと決別しただけだ。来世云々で誤解したのだろうか。それともスタンリーを前にして一気に過去に引き戻され、感じた未練をかぎ取られたのだろうか。


「もしかして、私が子供作らないって言ってるから陛下に文句でも?」

「俺も子供は欲しくない。あんな幼少期を送っていて平気で子育てなどできない。エーファだって家族に守ってもらえずにドラクロアに来なければいけなかった。どうしてわざわざ不幸になることを選択しなければいけない。兄は文句に見せかけて自分の子供自慢をしているだけだ」


 強さが尊ばれるため、最も強いリヒトシュタインに子供を作れと露骨に進言してくる竜人はいる。もちろん、リヒトシュタインは完全無視を貫くのでその声は陛下の元に集められていたわけだが。

 エーファも直接数回言われたことがあるが、リヒトシュタインが後で叩きのめしたようだ。


 竜人に何か言われるたびにほんの少し、心の柔らかい部分が傷ついたのを感じる。傷つけられるほどのことではないのに。


 エーファが徹底的に避妊をしているので、オルタンシアが子供を早く産めというプレッシャーにさらされていたことは知っている。それは申し訳ない。彼女は王妃になって覚悟はしていたとは言っていたけれど。

 オルタンシアの出産を見てやっぱり子供は無理だと思った。魔物の血は平気なのにオルタンシアの出血を見て気を失いそうになった。


 でも、子供の件でこう言い出したわけでもないのか。ずっと考えていたとリヒトシュタインは言った。いつからだろう、全然気付かなかった。


「外野が何を言おうと関係ない。叔父以外は俺と母のことを庇おうともしなかったのだからそんな奴らに口出しされる謂れはない」


 それもそうだ。ゆっくりエーファは頷いてから、リヒトシュタインの首の後ろに手を回す。そもそもこんな話をこれほど密着してする必要があるのだろうか。


「過去に戻ったところで、ギデオンにスタンリーを殺されるのがオチなんじゃない?」


 セレンの恋人のようになるのが関の山だろう。記憶は引き継げても過去に戻れば能力はあの当時のままだから。

 あの時のエーファなら……ギデオンは殺せない。ハンネス隊長の隊に入って、魔法を魔物相手に何度も使ってやっとギデオンを殺したのだ。ギデオンには特にこれといった弱点はなかった。彼はオオカミ獣人らしく、タフで俊敏だった。


「それよりも、リヒトシュタインが過去に戻ってお母様のエリス様を救うことはできないの?」

「竜の涙を使っても自分が生まれる前には戻れないからな。どう頑張っても母は狂った後だ」

「じゃあ……背中の傷ができる前とか」

「あぁ、背中の傷は別に気にしていない。死ぬ前まで治されずに放っておかれ蛆まで湧いていたから竜人の回復力をもってしても傷跡になっているだけだ」


 エーファは気が長い方ではない。見えない話にだんだん腹が立ってきて唇を不満げに尖らせる。

 どうしてここまで一緒に暮らして、過去に戻ってスタンリーと結婚しろなんてことを言うのか。

愛しているという言葉は嘘だったのか。そして背中の傷跡をエーファにあまり見せないのだから気にしていないわけがない。最初は自分から脱いでホイホイ見せていたくせに。


「ギデオンなら俺が殺しておいてやる」

「はい?」

「叔父は幸いにも竜の涙を複数おいていった。俺も記憶を保持したまま過去に戻れるから、そうしたらギデオン・マクミランのことは殺しておいてやる。殺しておけばエーファの国にあいつが行くこともない」


 彼の言葉を理解するのに時間がかかった。

 先ほどまでムカムカと腹が立っていたが、急速に怒りが消えていくのが分かる。リヒトシュタインの首に手を回したまま、そっと視線を落とした。


「なぜ泣く」


 これと同じ問いかけを以前された覚えがある。そう、リヒトシュタインが番に出会い、殺してくれと願った時に。あの時とは感情は全く違う。


 エーファは今日、スタンリーに「私は幸せだ」と即答しなかった。考えたことがないと誤魔化した。不幸ではない自信はあったのに、胸を張って「幸せだ」と言えなかった。その自信がなかった。


 リヒトシュタインのことは信じていても……いや先ほど一瞬疑ったのはスタンリーと会ったせいだ。エーファは自分のことは信じていない。好き勝手振舞ったり、子供は作らないと押し通したりするのと、自分を信じているかどうかは別問題だ。


 リヒトシュタインの指が涙を拭う。


「またブスって言うんでしょ」

「いつ俺がそんなことを?」

「番紛いを飲む前。虹の谷で言った」

「あの時のエーファは本当にブスだった。他の男のために泣くのだから」

「ならどうして……なんで竜の涙を使えなんて言うのよ。そもそもそれって使えるの?」

「竜人にしか竜の涙は扱えない。しかも叔父の作り出した涙はとても強力なものだ。これほどのものはなかなかできない。エーファは変化しているから使えるだろう。願った時期に記憶を保持したまま戻れる。竜の涙を掴んで魔力を」

「……もう一個の質問にちゃんと答えなさいよ」


 鼻をすすりながら言うと、リヒトシュタインは笑った。


「過去に戻った方がエーファが幸せなら、それでいい。ギデオンなら俺が殺す」

「それだと、リヒトシュタインは一人になるわよ」


 きっと、スタンリーとの会話が聞こえていたのだろう。

 そしてリヒトシュタインはエーファの自信のなさを簡単に見抜いた。彼に「愛している」と伝えたことがないせいかもしれない。だって、そんなことを言ってしまってスタンリーと同じになるのは嫌だから。


「叔父を早い段階で探して旅をするのもいい」

「リヒトシュタインの人生に私はいらないわけ?」


 まさか、スタンリーに言えなかったことをリヒトシュタインにぶつけることになるとは思わなかった。スタンリーには情けないから言えなかった、捨てないで欲しいと。そんな女は捨ててエーファを選んで欲しいと。

 でも、リヒトシュタインは平気でエーファの価値観を超えてくる。


「エーファとの記憶はある。それにエーファが幸せである方がいい。過去に戻ってあの男と一緒にいた方が幸せかもしれない」

「そんなに、私のこと愛してるの?」


 リヒトシュタインの鎖骨に額を当てる。ついでに鼻水も彼の服で拭ってしまおう。

 だって。こんなに深い愛を、私は知らない。なんで私の幸せのために平気で自分の幸せを捨てられるのか。


 エーファの頭にそっと大きな手が乗せられた。


「エーファを愛さなかったら、俺はこんなに臆病で心が狭いとは知らなかった」

「後悔してるの?」

「俺は後悔しないと言った。後悔しているのはエーファだろう」

「勝手に決めないで」


 どうして気付かなかったのだろう。これほど彼に愛されていたことに。

 どうして私はこれでも永遠にリヒトシュタインと一緒にいることを信じていなかったのだろう。


「過去にもし戻るなら、もっと早くリヒトシュタインに会いに行くから」


 彼を少しでも一人にしないように。


「いいのか? 兄を騙せるのは今日くらいだ。盗んできた叔父の竜の涙は明日にはどやされながら返却しないといけない」


 リヒトシュタインの服を無理矢理脱がそうとすると、笑われた。


「なんだ、大胆だな」

「いいから後ろ向いて」

「なぜ?」

「いいから」


 無理矢理後ろを向かせて上半身の服を脱がすと、背中に走る三本の傷跡が顔を出した。

 おそらく、今ならできる気がする。リヒトシュタインにどれだけ愛されていたかがやっと分かったから。

 エーファは痛々しいその傷跡にそっとキスを落とした。


番外編も含めて約395000字!

長らくお付き合いいただきありがとうございました!

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