エーファは反溺愛の狼煙を上げる7 過去
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「竜の涙を使えば時間を巻き戻して過去に戻れる。記憶を保持したまま」
「……へぇ、さすが竜人……」
あまりに特別な、いやそれどころか神のような力だったのでエーファは一瞬呆けた。
「それほど死の間際の竜の涙には力がある。個々の竜人の力に左右されるが叔父の竜の涙の力は強大だ」
「ランハートは竜王陛下に殺されたけど、ああいう場合は? 彼の竜の涙はあるの?」
「兄にたてついて殺されたのなら、ないな。竜の涙は一人では作り出せない。流す涙を受け止める竜人が必要だからだ」
「そっか」
「だからすべての竜人は死期を悟れば天空城に帰ってくる。あるいは連絡を取る。ランハートの場合は遺体を兄が持って帰ったから骨くらいは取ってあるんじゃないか。戦利品として」
「それは聞かなきゃ良かった」
リヒトシュタインは私の目元を撫でた。金色になっている右目の方だ。左目はまだ隠している。
「最近、他に体の変化はないか」
「今のところないかな。耳はまだそんなに良くなってないと思う」
「……ジルヴェールがなぜエーファの左足にまとわりつくか知っているか」
「え? 急に話変えないで」
ジルヴェール……小さいオレンジの竜の名前。三つ子の末っ子。自分で名付けておきながらうっかり忘れている。
「あれはエーファが天空城でこけないように左足に縋りついている」
「いや……確かに毎回左足にあの子は縋りついてくるけど……そんなの分かるのかな」
普通に重いよ? 縋りつかれたらそれは気を付けて歩くけど。
「生まれてすぐあいつはそれが分かっていた。ただ体が小さいからああいう風にしかできないだけだ。あいつは優しい」
優しさ? 優しさなのか?
でも長男みたいにテーブルバンバンするような性格だと救いがない。最近は尻尾でもバンバンするらしい。それならばオルタンシア様に似て優しい性格の方がいい。
そんな思いやりだったのなら今度からジルヴェールをひっぺがして投げないようにした方がいいだろうか。ジルヴェールを足にくっつけて歩くときは注意して歩くからこけることはない。
「もう少し大きくなって人型を取れれば、お前を支えて歩いていただろう」
それはそれで困る。末っ子溺愛の竜王陛下にさらに睨まれるからだ。
「俺はそんなことをちっとも思いつかなかった。こけた時に支えたらいいと思っていた。抱いて歩くのは抵抗されるし、手をつないで歩くのも危ない。月経がこなくなって焦りまくっていたエーファを見ていたのに、高熱を出していないからいいとまで思っていた」
「そんなこともあったね」
抱えて歩かれるなんて見世物状態ではないか。ジルヴェールは竜王陛下の子供だからエーファは抵抗していないだけだ。
そして、焦ったのは妊娠したかもしれないと誤解したからだ。リヒトシュタインの心臓によって体に変化が起きて月経がなくなっただけだった。
「まだまだエーファの体には変化が起きるだろう」
「心臓もらっといて変化がなかったらそれはそれで怖いけど」
そんなことは仕方がないじゃないか。体の変化についていけずに吐いたり高熱を出したりしたこともあるんだから。今の視力差なんて可愛いものだ。
リヒトシュタインにおんぶにだっこで生活するつもりは毛頭ない。ただ、エーファが寝込むとリヒトシュタインは過剰なほど反応する。母親の記憶が蘇るのだろう。
ここ最近は派手に体調を崩すことはない。きっと、何かを得るなら何かを失うんだろう。
「過去に戻れば、エーファはこんな風に体の変化に苦しむこともなくあの嘘つきで情けない男と結婚できるだろう。普通の生活が送れる」
「どうして、急にそんな話になるの」
「ずっと考えていた。そして今日、エーファはあの男と再会した。俺は叔父の竜の涙を奇しくも手に入れた。これは今考えるべきことだ、そういう運命だろう」
エーファはずっと一緒にいたリヒトシュタインのことがさらに分からなくなった。
気高く飄々としていて何にも興味がなさそうで、気に食わないことは平気で無視する。でも、慣れてくれば冗談をよく言う。セミとかトラとか。本当は独占欲が強く、構わないと拗ねる。恥ずかしいこともすぐ口にするし、べたべたと鬱陶しいほどくっついてくる。一人にされることを過剰に恐れていて、それだからこそわざわざ一人であり続けた竜人。
一人にするなとエーファに心臓まで与えておいて何を言っているのか。