エーファは反溺愛の狼煙を上げる4 竜の涙
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「手紙で知ってはいたが、本当に目が金色なんだな」
局長が感心したようにジロジロ見てくる。若干羨ましさも見え隠れする。
「はい。左目はまだ普通なので視力差がすごくって」
「あぁ、だから左目を隠しているのか」
「そうなんです。よくこけます」
「で、これからどうする?」
「局長は万が一にでも魔物が来ないようにお願いします。これから竜の涙を回収するので邪魔が入って欲しくなくて」
「なんだそれは」
「竜が死ぬ前に流した涙は宝石となり、特別な力を宿す。それが竜の生きた証で竜の涙だ」
局長の問いにはリヒトシュタインが答えた。エーファもここに来る直前に初めて知ったのだ。局長は聞いてしまってからさらに興味津々な表情である。
エーギルもハンネス隊長もブラックボアを探しに行った。
ちなみに、ハンネス隊長はドラクロアに番がいるのでここについてきたところでマズイことにはならない。急に人間を捕まえて「番だ」なんて言い出さないってことね。
セイラーンとレディアスという二国に侵攻されて、相当な恨みを買っているとやっと認識したらしく無理矢理他国の人間を連れてくることはドラクロアで禁止された。確か、亡くなった宰相の親戚であるゾウ獣人たちやメフィスト閣下が積極的に動いたはずだ。
ライオン獣人たちには特に厳しく指導が入っている。出入国の検査もかなり厳重になった。
でも、エーファたちみたいなことはまた起きるだろう。
相手のいる国がドラクロアと国力の差があればあるほど。エーファだってギデオンに強要された部分もあるが、国王や家族からの圧力だってあった。むしろそちらの方が冷静に見れば大きかった。お金や政治的思惑を絡ませてギデオンを後押ししたのは間違いなく彼らだ。
獣人や鳥人たちが真摯に相手に許可を求めたところで、国王や家族が強要すれば恨みになるのだから。まぁ、それはドラクロアの責任ではないか。ドラクロアへの恨みと親への恨みを一緒にしてはいけない。
「リヒトシュタインか」
リヒトシュタインがぐったり横たわる薄墨色の竜の頭に近付くと、しわがれた声がした。エーファは邪魔をしないように少し後ろに控えている。
「面白いことになっているな。心臓が半分、人間の番……いや番紛いか。そういうことか」
「はい」
珍しくリヒトシュタインの表情は苦々しい。マズいリンゴを食べた時のような顔だ。薄墨色の竜はエーファにも視線を向けてから激しめの鼻息を吐く。
「背中の傷は癒えたか」
「いいえ」
「鱗でも剥がしたのか、腕に傷がある」
「番と遭遇した時に剥がしました」
「あぁ……そういうことか。よく耐えたな」
短い会話だが薄墨色の竜バスティアンは理解しているようだ。
「それにしても傷の治りが遅い。心臓を半分にしたからではないか」
「背中の傷はずっと治っていません」
そういえば、リヒトシュタインの背中の傷はどうしてずっと治らないのだろう。あの三本の傷跡は心臓を半分にしてしまう前からある。
「治療が遅かったか」
「死ぬ寸前まで放っておかれましたから」
「助けたのはアヴァンティアか」
「はい」
「あれは結局最後の最後でお人好しなのだな」
エーファの知らないリヒトシュタインが目の前にいる。
彼のこんな弱弱しいところはほとんど見たことがない。エーファが死にかけた時は取り乱していたようだが、今は知らないところに放り出された迷子のようだ。
「どうして俺が探した時にあなたは隠れたのですか」
リヒトシュタインは竜王陛下に対するよりも丁寧な言葉を使っている。
「ワシは結局お前を助けることができなかった。それなのに兄が死んだからとおめおめ姿を現すことなどできない。お前の魔力はずば抜けているが、そんなものでワシの経験は越えられんからな」
「俺は……もっと早くあなたに会いたかった。こんな……死ぬ間際でなく」
「そんな熱烈な愛の告白はそちらのお嬢さんだけにしておけ。さぁ、ワシがくたばる前に竜の涙を回収しろ。ワシの生きた証も遺させないつもりか?」
リヒトシュタインは竜の鼻面を苦しそうに撫でてから、目尻まで近づいた。
竜はゆっくり瞬きをするとキラキラとした涙が数滴落ちる。それをリヒトシュタインがてのひらで受けると、お互いの魔力に反応したのか涙が固体に変化した。局長が後ろで息を呑む音がする。
「兄とは離して保管してくれ」
「それはもちろん」
またふぅぅぅっと鼻息がかかる。
「こんな偶然がこの世に存在するとはな。力尽きかけた場所がお前の相手の育った領地で、たまたま来た人間が大きな魔力を持ち認識阻害を見抜いてしかもお前と繋がっているとは」
「それを運命というのではないでしょうか」
「だから、そういう愛の告白紛いのことは後ろのお嬢さん相手だけにしておけ。死にかけたワシにすることではないわい」
リヒトシュタインが手招きするので、エーファは側に寄った。
「魔力もだが、目もすでに変化しているのか」
竜に問われてエーファは頷く。
「ワシはつまらんことは言わん。リヒトシュタインが心臓を半分捧げたのが答えなのだろうな」
「エーファは俺に一生をくれたので、心臓半分くらいは当たり前です」
「もう人間ではないお嬢さんよ、君の一生は人間では信じられないほど長くなるのだろう。リヒトシュタインがもし兄のようなアホに成り下がる様ならワシの竜の涙を使うといい。もう人間ではないなら竜の涙を使えるだろう」
竜の涙って使うものなの? 飾っとくんじゃなくて?
リヒトシュタインの手の中を見ると、涙は綺麗な薄墨色の宝石に変化していた。
「もちろん、そうならないことを祈っている。しかし、兄だって番を前にしてあんなことになるとはワシも思わなかった。リヒトシュタインが生まれても興味を示さず、あまつさえ殺そうとするとは……だから、もうワシは何を信じていいか分からんよ」
「そうなったら私がリヒトシュタインを殺すので、大丈夫です」
「だからそういうことは隣を見て言え。そのような熱烈な愛の告白を、ワシを介してするでない」
薄墨色の竜は疲れたように金色の目を閉じた。
なんとなく、リヒトシュタインは離れがたい様だったのでエーファは局長を引っ張ってその場を離れた。