エーファは反溺愛の狼煙を上げる2 バスティアン
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スタンリーは局長と何名かの職員と一緒にそれを見上げていた。
局長の目はキラキラしている。
「これが、魔物が民家におりてきていた原因か」
「竜がこんなところにいたら、魔物も逃げますね」
「高度な認識阻害がかかってるな。よし、鱗をもらおう」
「やめてくださいよ、局長。丸焦げになります!」
「いいから、いいから。竜の炎に焼かれて死ぬなんて本望だろ」
うわ駄目だ、この人。
局長はズンズンと横たわる薄墨色の竜に近付いて行く。慌ててスタンリーも結界を張って追いかけた。
そうとう近付いても竜は攻撃してこない。しかし、気配を感じたのか閉じていた目を開けた。金色の目に自分の姿を映っているのが見える。
「鱗をもらえないでしょうか!」
局長は山の頂上一帯を占拠している竜に平気で声をかけて頭を下げるので、スタンリーは気絶したくなった。
竜はしばらく局長を眺めていた。竜の鼻息が体をかすめ、そのあまりの風速に頑張って踏みとどまる。
「ワシは死にかけているが、さすがに鱗を剥がれるのは痛い。死んでからにしてくれ」
「よろしいのですか!」
喋った!
驚いているのはスタンリーと他の職員たちだけで局長は鱗をもらえることにしか驚いていない。
「死んだら無用の長物だ」
「ありがとうございます!」
喋ったということは、竜人か。竜にも人の姿にもなれ、竜の姿で喋れるのは竜人だけだ。
「ワシがいるから魔物が逃げて行ったか」
「はい。雑魚は殲滅したので気にしないでください」
局長の言葉に竜は笑ったようで、ものすごい鼻息がまた体にかかる。
「悪いな。もうここから動けそうにない」
「何かお手伝いできることはありませんか。見たい景色なら魔法でお見せできますし、食べたいものがあればとってきましょう」
局長がこんなに丁寧に接するところを初めて見た。
公爵家の人だから王族とも親戚で王子にさえこんな敬った態度はとらないのに。ちなみに、局長は国王を毛嫌いしている。
「ここがどこだかよく分からないが、ドラクロアに知らせを出せないだろうか」
「出せます。ちなみにここはヴァルトルト王国のシュミット男爵領とオーバン子爵領の間ですね。あなた様のお名前を伺っても?」
「バスティアンだ」
「分かりました。私が連絡を取れるのは、竜人リヒトシュタイン様ですがいいでしょうか」
「……なぜ人間がリヒトシュタインに連絡を取れるのだ」
リヒトシュタイン? 聞き覚えのある名前だ。どこで聞いたのだろうか。
「私の部下になるはずだった人間が彼の番のようなものなので」
「……驚いた。あれが番を娶るとは。いや、番のようなものなら番とは違うのか」
「えぇ」
「ふ。分かった、人間。リヒトシュタインを呼んでくれ。あれはワシの可哀想な甥だ」
「おや、ご親戚でしたか。かしこまりました」
まさか、エーファのことだろうか。いやそんなわけないか。
局長はポケットから紙とペンを取り出すとさらさらと何か書き上げ、胸元から局長の髪のような鮮やかな赤い箱を取り出した。その中に先ほどの紙を入れる。
「局長、なんですかそれは」
淡く光り始めた箱を見てスタンリーは思わず聞いた。
「俺の奥さんが開発した転送箱。同じものをエーファ・シュミットに送っておいた。これに入れればすぐさま相手の元に手紙が送れる優れもの」
「待ってください、局長は結婚していらっしゃったのですか」
「もちろん。俺の奥さんは芸術家気質だからパーティー嫌いなんだ。そういうの全然でない。俺と一緒」
「それは芸術家気質って言わない……いえ、何でもありません。なぜ、エーファに? しかも転送箱なんて素晴らしい発明品が出回っているなんて知りませんでしたが、これから商品化されるんですか?」
それは人嫌いの引きこもりって言うんじゃないだろうか。しかも、局長はエーファと連絡とり合っていたってことか?
「国王超嫌いだから他国で特許取ったんだよ。こんないいもん差し出したらタダで横取りされるに決まってるし、そもそも俺はエーファをドラクロアに行かせたあの国王が本気で嫌いだからこの国を富ませるようなことするわけないだろ。もうドラクロアでは出回ってるんじゃないか」
「は? ドラクロア?」
「そうそう。ドラクロアのエーファに送ったら、あの青い髪のエーギルくんだっけ? すっごい欲しがって。あっという間に商品化してくれちゃった。あれの不労所得でもう奥さんに一生養ってもらえるかも」
「どうやってドラクロアのエーファまで送ったんですか……というかエーファはドラクロアにいるんですか」
「え、うん。そうだよ。セイラーンが軍を差し向けたりしてて心配してたんだよ。こないだ来たエーギルくんと繋がってたのが良かった。公爵家の力のおかげもあってこれだけ離れていてもスムーズにエーファにこれを届けてもらえて」
会話の途中でまた箱が淡い光を帯びた。
「あ、返事来た。来るって」
後ろの職員たちは転送箱とやらを欲しそうに見ている。
しかし、スタンリーは局長がさらりと告げた内容に衝撃を受けていた。
局長がエーファの動向を知っていたなんて。
「転送箱はそろそろ他国から逆輸入されるんじゃないかな。あの国王が開発者を知って地団駄踏む姿を見たい。そうしたら一カ月くらい俺は機嫌がいいだろう。書類仕事はしないけど」
「ずっと、エーファと連絡を取っていたなら教えてくだされば……」
スタンリーは思わずそう口に出してしまった。置いて行かれたと思っていた彼女の名前を彼女の故郷で聞いてしまったから。
「なぜ、俺が君にそんなに気を遣わなくてはいけない?」
「気を遣うわけじゃなくて、ただ局長は別れ方まで、その……ご存じでしたから」
「それは君がやらなければいけないことだ。俺は公爵家の力やら縁を駆使して連絡を取ったが、君はその間落ち込んでいただけだろう。死ぬ気で何かやったのか? 彼女のように命懸けで何かしようとしたのか?」
局長は意地悪でも何でもなく純粋な疑問のようで真っ直ぐに聞いてくる。
スタンリーはエーファに置いて行かれてから、仕事に打ち込んだだけだった。新しく婚約しないのかという周囲の声を振り切るように。
「彼女が運命の人ならそのくらいやるだろう? だって、俺たちは仕事をするために生まれてきたんじゃない。彼女に会うために生まれてきたんだから。俺の場合はもちろん妻のことだが」
まさか戦闘狂の局長からこんなセリフを言われるなんて夢にも思わなかった。
目の前に竜が横たわっているのも十分夢に思えるが……。
局長に何も言えずにいると、視界が急に眩くなった。
爆発のような音と共に、さっきまで誰もいなかった少し離れた場所に複数の人が出現していた。