エーファは反溺愛の狼煙を上げる1 オレンジ
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天空城はお祝いムードだった。
子供が出来づらい竜人だが、オルタンシアが三つ子を出産したためだ。
「キュウッ」
「ねぇ、これ取ってくれない? 全然離れない」
隣にいたリヒトシュタインが私の左足にひっついている小さな竜をつまんで放る。
「キュキュキュ!」
「うわぁ、喜んでる」
「まさか遊びだと思ってないだろうな」
魔法で小さなつむじ風を出して竜を遠くにやろうとする。風で回転しながらまたオレンジの小さな竜は喜んでいた。つむじ風が消えると、凄い速さでエーファの側までやって来て左足に縋りつく。それが彼の定位置になりつつある。
「ねぇ、なんで私に引っ付くの」
「キュ!」
「キュしか喋らないし。ねぇ、竜人って人型じゃないの?」
「魔力が多ければ幼い頃から竜にでも人の姿にもなれる」
「三つ子全員まだ竜の姿だけど……まさか全員魔力少ないってこと?」
「いや、多分めんどくさがりだな。竜の姿の方が楽だからあいつらはそのままなんだろう。ただ、このオレンジは残念ながら母親に似て竜人にしては魔力が少ない」
オルタンシアが生んだ三つ子は全員色が違う。
一番上は紫色の竜で、名前は長いから忘れた。オスだったと思う。こいつは竜王陛下に似たのか生まれたばかりでも大変偉そうだった。イスにででんと座って大人の食事に興味津々でバンバン叩いて同じものを「食わせろ!」とばかりに要求している。気に入らないことがあると鼻息と机バンバンである。こいつ、おっさんになったら終わるんじゃないだろうか。今は小さいから許されるけれど。
二番目は白い竜で、メス。名前はこれまた長いから忘れた。ティファイラみたいに綺麗な竜だ。この子はずっと寝ている。体勢はあおむけで鼻ちょうちん付き。本当にずぅっと寝ていて死んでないか心配になる。治癒魔法がすでに使えることは分かっているが、本当に寝てばかりなのでよく知らない。無理矢理起こしてご飯を与える時もあるらしい。
そして三番目がオレンジの竜で、オス。生まれてすぐの頃からエーファの左足にひたすらくっついている。エーファの右足や他の人にはくっつかない。
おかげで妻に大変良く似た末っ子を可愛がりたい竜王陛下にとんでもなく睨まれる羽目になっている。しかもオルタンシアがこの子に名前を付けてくれと言ってきて余計睨まれた。
え、名前はつけたよ。ジルヴェール。覚えやすくジルって短縮できるでしょ。
ちなみに名付け親になったからくっつかれているわけではない、名付け親になる前からくっつかれている。おかげでリヒトシュタインの機嫌も悪いが、竜王陛下の子供なので乱暴に扱えないのが難しいところだ。
オレンジの小さな竜を左足に引っ付けたままでは、歩きにくいことこの上ない。今日も天空城に着くや否やどこから見ていたのかと突っ込みたくなる速度でやって来た。
「キュウ」
エーファを見上げて首をかしげるオレンジ色の竜。ジルヴェールと名付けておきながらオレンジにすれば良かったなんて思ってしまう。
「あざとい」
「キュッキュッキュ」
「うるさい」
キュしか言わないので会話にならない。
「こいつ、エーファに媚を売ってないか」
「効いてないなら意味ないと思う。今日はなんで陛下に呼ばれたんだっけ」
「多分仕事の件だ。そのちっこいののせいじゃない」
「それは良かった。重いんだけど」
「少し大きくなってるからな」
もう一度リヒトシュタインがひっつかんで遠くに放る。
「キュキュ!」
「駄目だ」
「喜んでる」
「ああいう扱いが好きなのかな」
「それは変態に育ちそうだ」
形だけ見れば可愛いかもしれない。お腹がぽっこり出ていて手足は短く、首も短く頭は大きい。小さな翼でたまに飛ぶが、歩いている時はバランスが悪くテトテト歩く。たまにこける。
「またか、ジルヴェール」
竜王陛下にまたエーファは睨まれた。
「なんでそんな女にしがみついている。父さまのところにおいで」
「キュキュ!」
首を振ってエーファの左足にしがみついているオレンジ、じゃなかったジルヴェール。左足だけ筋肉つきそう。あ、陛下の口が引きつった。自分で父さまなんて言っちゃう人だったんだ。
「何度引っぺがしてもこれなんです」
「おい、花よりも丁重に扱え。引っぺがすな」
「私は花に興味がないので扱いは雑です」
「そんなことは聞いておらん」
「で、陛下。呼びつけた用事はなんだ」
「……叔父さまと連絡が取れない。もしかしたら体調が悪いか、長くないかもしれないから『涙』を回収してきてくれ。お前も恩があるだろう」
「まぁな……連絡を取っていたのか」
「即位してからだ。会ってはいない。ここじゃない方が気ままでいいそうだ」
謁見が終わるとさすがにジルヴェールは首根っこをつかまれて陛下に回収された。うちまで連れて帰るわけにもいかない。
「叔父さまってことは、親戚?」
「先代竜王の弟、つまり父の弟だな」
「へぇ」
「もともと父とは衝突していたが、最終的に俺を庇って追放された」
「天空城から?」
「そうだ。俺が母を連れ出そうとして殺されかけた時、唯一庇ってくれた竜人だ」
「それは、会いに行かないといけないね」
「どこから探したものか。母さんが死んだ後、探してもいなかったのに」
「あぁ、探したんだ?」
「相手が探されたくなかった場合は見つけるのが難しい。叔父は隠れるのが非常に上手い」
エーファは躓いて転びかけた。すぐにリヒトシュタインが手を伸ばして腰を抱く。
「慣れないか」
「まぁね。見え方が違うから」
「抱きかかえようか」
「やめてよ、そんなんじゃいつまで経っても慣れないから」
「そう遠慮するな。遠慮するような間柄でもないのに」
引っ付いてこようとするリヒトシュタインの手を叩く。
「とにかく、早く帰ろう」
「あの小さいオレンジには引っ付かせる癖に」
「だって燃やすわけにいかないし」
天空城の廊下は良く滑る。もう一度転びかけたので最終的に横抱きにされてしまった。