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スタンリー・オーバン2

いつもお読みいただきありがとうございます!

 騒ぎになってどうやって寮まで帰ったか覚えていない。


 エミリー・セジウィックに付きまとわれ始めたのはそこからだった。

 仕事終わりに待ち伏せされたり、朝には弁当を作って持って立っていたり。


「スタンリーがあれに引っ掛かるとは驚いた」

「そうだな、あんな見え見えのやり方に」

「うちみたいな田舎じゃ、あんなことないんだよ」


 迂闊だった。エーファに申し訳が立たない。

 ただ、エミリー・セジウィックは結婚を強要してくることはなく、しかし悲しそうに「2番目でもいいから私のことを考えて」と言ってきた。エーファに申し訳なさ過ぎてすぐに断ったにも関わらず、彼女は付きまとってくる。


「スタンリー、責任取ってやれば?」

「可哀想じゃん」

「毎日お前のために弁当持参してさ」


 魔法省の前でスタンリーを待つ彼女を目撃した同期たちがそんなことを言い出した。


「彼女はパーティーで何度か見かけてたけど。ほら、雨なのにお前のこと健気に待ってんじゃん」

「お前とのウワサあるから他の嫁ぎ先ないんじゃない?」

「まさか」


 思わず否定すると笑われた。


「えり好みしなきゃあるだろうけどな。彼女は跡取り娘でもないし特筆すべきことがない男爵家だし、この時期ならもうすっごい年上貴族とか後妻とか商家とかさ」


 そんな日々が続いて、エミリーのつきまといがピタリとやんだ。

 やっと諦めてくれたかとスタンリーはほっとした。しかし、これまでずっと付きまとわれていたのにいざ急に何もなくなると不安になってくる。まさか、死んだりしていないよな?


 ソワソワしていたある休みの日、とある貴族家から手紙が来た。ファルコナー伯爵家で特に知り合いではないが、最近取引の増えてきたオーバン子爵家の織物のことでと書かれていて無視するわけにもいかない。実家は田舎で、親や兄が王都にいない場合は王都まで出てくるのに何日もかかるからだ。たまにこういった話がスタンリーに来て、話を聞いてから実家に知らせるということが数度あった。


 だから特に深く考えずにファルコナー伯爵家に向かうと、知らない女性と青い顔のエミリー・セジウィックがいた。


「私の可愛いエミリーの様子がおかしいから問いただしたら妊娠したと白状したの。相手はあなただと」


 知らない女性は魔物対策局の副局長の奥方だった。そしてファルコナー伯爵家は奥方の実家らしい。そういえば、エミリーとそんな話をしたような。


「あなたの元婚約者はドラクロアに嫁いだのでしょう? しかも今婚約者はいない。それなら、エミリーを妊娠させた責任を取るべきだわ。彼女は私の可愛い親戚の女の子だもの」


 奥方は医者によって書かれた診断書を取り出して、何も言えないスタンリーの前に置く。


「オーバン子爵家の織物を王都に持って来るのにファルコナー伯爵家の領地を通らないといけないはずよ。分かるわよね? あぁ、夫に言ってもダメよ。夫は私の言うことを聞いてくれるから」


 伯爵家に脅されている。エーファがドラクロアに嫁ぐことで、オーバン子爵家の織物の取引先も数件王家が斡旋してくれたのだ。王都での出店でも良い区画を割安で提供してくれるのだ。それがダメになったら……あるいは遅れたら損害が……払えるだろうか。


 副局長に相談……できるわけがない。助けてくれればいいが、相手は妊娠している。奥方の言うことが本当なら、せっかく目をかけてもらっているのに失望されて出世に響くかもしれない。


 考えろ。何とか回避する方法はないのか。


「あ、あの私……なんとかして」

「やめなさい、エミリー。そんな決断しないで」

「で、でも子供は養子に出して……出産経験のある女性でもいいって言ってくれる方もいるし……」

「そのお話は二十歳も上の方でほとんど愛人扱いだったじゃないの! 変なことはやめなさい!」

「兄に子供がもうすぐ生まれるから私実家にはいられないし、うちは持参金も出せないからこれしか……」


 目の前で繰り広げられるやり取り。エミリーははらはら涙を流していた。

 副局長の奥方はキッとこちらを睨んでくる。


「あなたが責任を取らないなら子供は中絶するか、生んでから養子に出してエミリーは二十も上の貴族に嫁ぐことになるわ。そうなったら夫にすべて言いつけますからね」


 副局長は妻に頭が上がらないと、そういえば入ったばかりの飲み会の席で言っていた。

 唇を噛みしめてエミリーを見る。彼女は泣きながら消え入りそうな声で「こんなことになるなんて私があの時強く拒んだら良かったのにごめんなさい」と謝ってくる。


 その涙に濡れた縋るようなヘーゼルの目を見て、スタンリーは頷くしかなかった。


 まさか妊娠が嘘で、しかもこの涙まで使ったやり取りまで全部演技だったなんて。気が動転していたのもあったが、スタンリーは夢にも思わなかったのだ。


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