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スタンリー・オーバン1

いつもお読みいただきありがとうございます!

「なぁ、エーファ」


 思わず隣に呼びかけて彼女はドラクロアに連れて行かれたのだと思い出す。物心ついた時からいつも一緒にいた彼女が左隣にいない。それはスタンリーにとってあまりにも不自然なことだった。


 魔法省の魔物対策局に就職しても、半年は訓練と雑用だ。暇を持て余した新人たちは交流と称して飲み会やパーティーへの参加が増えていく。


 スタンリーも最初は断り続けていたが、付き合いが悪いだのなんだの陰口を言われて仕事に支障が出始めた。会議の時間や朝の訓練の時間を教えてもらえなかったり、雑用を押し付けられたり。

 地味に堪えるし困った。これでミスをして魔法省をやめさせられたらエーファが帰ってくるまでに約束通り金が貯められない。魔法省ほど給金のいい仕事はなかなかないのだ。実家にも仕送りをしたい。


 スタンリーの魔法省の同期は高位貴族がほとんどだ。魔力が多い者同士で特に高位貴族は政略結婚をする。スタンリーとエーファは田舎の男爵家と子爵家出身だったので、王都や高位貴族に大して知り合いもいない。

 彼らはスタンリーとエーファの婚約を政略だと思っているので「あの田舎者、婚約解消したことを理由に付き合いが悪い」となるらしい。しかも、その言葉にはスタンリーが珍しい治癒魔法を使えて副局長によく声をかけてもらえる嫉妬も混じっている。



「婚約は解消したんだろ? 別にパーティーくらい参加したら良くない?」

「いや、でも……幼馴染だったし。ずっと一緒にいたし。パーティー三昧なんてエーファに悪い」


 エーファと一緒にドラクロアに連れて行かれたのは、セレンティア・マルティネス侯爵令嬢とミレリヤ・トレース伯爵令嬢だ。


 マルティネス侯爵令嬢の婚約者だった令息は王家が同等の婚約を他国から引っ張ってくるようだ。同年代の令嬢はほとんど婚約してしまっている。


 問題はトレース伯爵家だ。トレース伯爵家は亡くなった母親側に伯爵家の相続権があった。現在の伯爵はただの代理で入り婿なのだ。虐げられていたミレリヤ・トレース伯爵令嬢こそが唯一の後継ぎだったのに、全く関係のない愛人との子供に継がせようとしたことが執事の証言と提出した爵位返上書類により発覚して伯爵代理や愛人たちは捕まった。その後は母親の親戚筋が継いだと聞いている。


「別に婚約をしろって迫られてるわけじゃない。飲み会で親睦を深めようってだけだろ」

「それはそうだけど……こんな気分で飲み会なんて行けるわけないだろ。まだ婚約解消して彼女がドラクロアに行ったことを受け入れられないのに」

「半年過ぎたらあとは実戦漬けになるんだからこの機会に親しくなるしかないだろ。あの戦闘狂みたいな局長による訓練も始まるんだぞ? それに実戦の場で連携に支障が出ても嫌だし。怪我するし。婚約解消やら何やらを決めたのは国王なんだから、金までもらって便宜まで図ってもらってあんまり文句言ってると睨まれて出世にも響くぞ」


 同期の中でも話しやすい伯爵令息に相談して、結局数回だけ顔を出すことにした。

 本当はいけないが酒は幼少の頃から親戚に面白がって飲まされていた。そのおかげなのかどうかは分からないが、スタンリーもエーファも酒で酔ったことがない。いい子も悪い子も絶対に真似はしてはいけない。


 何度かパーティーや食事会や飲み会に顔を出せば同期連中も満足したようで、小さな嫌がらせをされることはなくなった。


 つまらないな。

 王都は華やかで人もたくさんいて田舎の子爵領よりも発展していた。でも、住んでいる人はそれほど変わらない。飲み会に出ないだけで協調性がないと小さな嫌がらせをされるくらいだ。もっと向上心のある人々がたくさんいるんだと思ってた。


 エーファは元気だろうか。ドラクロアに行くまでに獣人に喧嘩を売っていないだろうか。

 とにかく、エーファは頑固なのだ。攻撃系の魔法は日が暮れるまで練習していた。空を飛んだり、木から飛び降りて綺麗に浮いたりする風魔法には特に憧れがあったようで骨折しても訓練していた。それを見るのが忍びなくてスタンリーは治癒魔法を習得できた。


 さすがのエーファも骨折以上の大怪我はしないでくれたので、スタンリーの治癒も骨折を治せるまででとどまった。


 エーファが帰ってくるまで一年か。たった一年と思っていたのに、ずっと一緒にいた彼女がいないとものすごく一日が長く感じた。一日の始まりに挨拶できる彼女がいない。一日の終わりに今日あったことを枕を抱いて愚痴る彼女がいない。これまで当たり前だった光景が、ない。



 最後にしようと思っていたパーティーで、ちびちび壁際で酒を飲んでいたら声をかけられた。これまでもそんなことは何回かあった。適当に会話すればいいだろう。


 派手な女性は遠慮していたが、彼女は王都に住んでいるのにそんなに派手ではなかった。そして、エーファの兄の婚約者と同じ名前だったのでなぜか親近感を抱いてしまった。

エミリー・セジウィック。セジウィック家は男爵家でエミリー自身も気取っていなかったし、目をかけてくれる副局長の奥様の親戚だというので会話は思いのほか盛り上がった。

 そして途中でおかしいな、眠いと思った時にはもう遅かった。これまで一度も酒で酔ったことなどなかったから油断していた。


 目を覚ますと、どこか分からない部屋で彼女と一緒にベッドに寝ていた。

 慌てて起き上がり呆然としたが、脱ぎ散らかされた服を見てマズいということだけは分かった。逃げ出そうとすると使用人がノックもなしに急に入って来て、スタンリーを見て大きな悲鳴を上げた。


 嘘だろう?

 たったあれだけの酒で俺は意識をなくすほど酔ったのか? 疲れていたのだろうか。体調でも悪かったのか?


「ん……」


 後ろから気だるげな声がして柔らかな肢体がスタンリーの後ろから腹に絡みついてくる。その温かくて柔らかい感触に思わずビクリと体が跳ねた。

 エーファの黒髪とは全く違う暗い赤毛が視界の端に映った。エーファとこんなに素肌で近付いたことなどなかった。

 甘えたようにすり寄って見上げてくる彼女をなぜか振り払うことができなかった。


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