表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/165

解毒剤7

いつもお読みいただきありがとうございます!

「リヒトシュタイン、この針を抜いといて」


 吐く前になんとかしなければいけない。

 エーファの心臓が止まったらリヒトシュタインの心臓も止まる。


 空間に手を突っ込んでいる間に、リヒトシュタインは匂いで毒を特定したらしい。針を慎重に抜く。


「燃やさないで。燃やしたらそれ余計に危ないから」

「なんでそんなに冷静なんだ! これはキョウチクトウの毒だ」

「キョウチクトウだからいいの。解毒剤作ってあるから」


 空間の中で見つけた解毒剤をさっさと口にする。ついでに針が刺さった部分にも塗る。嘔吐症状が出る前にこれは飲んでおかないと。あの粉の解毒剤を作ったユリオスならキョウチクトウの毒に改良加えているかもしれないし。


「これを他に針刺された鳥人にも飲ませて」


 四肢脱力の症状が出るだろうから先に座り込む。ユリオスは麻酔銃でも打ち込まれたのかまた大人しくなっていた。

 カラスに指示を出したリヒトシュタインが座り込んだエーファを見て焦って近付いて来た。


「もう症状が出たのか!?」

「まだだけど倒れて頭打ったら危ないから。これよろしく」

「あの辺の鳥なんてどうでもいい」

「どうでもいいのは分かるんだけど……これはリヒトシュタインのために作ったものだから効くかどうか実験」

「どういう意味だ」


 リヒトシュタインがまた泣きそうな顔をしている。竜化の時のように。

攻撃魔法ほど必死に訓練したことはないが、治癒魔法をいい加減に習得しないといけないかもしれない。


「心臓刺すか、私が死ぬか、キョウチクトウの毒でリヒトシュタインは死ぬんでしょ。だったら、そのうちの一つで最も防げそうな解毒剤を作っとくのは当たり前じゃない」


 竜人の弱点が公に知られているのか分からないので、彼の髪の毛を引っ張って耳元で話す。


「でも効くかどうか正確に試してないから。今は絶好の機会でしょう」


 リヒトシュタインは少しの間視線を外して迷い、解毒剤を一番近くの鳥人に渡してすぐに戻って来た。


「もちろん、リヒトシュタインが浮気した時のためにキョウチクトウの毒も作ってあるけど」

「まだそんなことを言っているのか」


 リヒトシュタインに抱え込まれながら体重を預ける。

 吐き気がしてきて気持ちが悪いので目を瞑った。解毒剤が効くまで吐き出すわけにはいかない。


「目は開けておいてくれ」

「なんで?」


 薄く目を開けると、リヒトシュタインの向こうでユリオスが鳥人たちに連れて行かれるのが見える。いつの間にかメフィストも到着していたようだ。エーギルも何か言いたそうにこちらを見ているが構う余裕はない。


「エーファが目を閉じると二度と目覚めないのではないかと心配になる」

「私が死んだらリヒトシュタインも死ぬでしょ」

「そういう問題じゃない。俺の心臓は弱いんだ。あまり驚かせるな」

「ガラスのハートを半分にしたの? そもそも夜寝る時は普通に目を閉じてるけど」

「何度も起きて確認している。エーファが息をしてるかどうか」


 軽口をたたいてみたが、エーファの体を抱くリヒトシュタインの腕は震えている。重いからという理由ではないはず。

 まさか眠っている間にそんなことをされていたとは全く気付かなかった。そんなに竜化の時のことがトラウマになっていたとは。


「すぐにオレンジ髪が来てくれるはずだ。それか他が」

「解毒剤効くから大丈夫だと思う。そもそもキョウチクトウが致死量入ってたかは分からないし」

「このくらいの匂いなら致死量は入っていないはずだ」

「匂いで分かるんだ。それならしばらくしたら大丈夫でしょ」

「鳥人の場合の致死量は知らない」


 キョウチクトウはいたるところに生えているから手に入れるのも簡単だ。ユリオスが何のためにわざわざあれを持っていたのかは分からないが、鳥人にも人間にも効いているから身を守るためだろうか。


「眠い。吐きそう」

「ギリギリまで目は開けておいてくれ」

「無茶言わないでよ」

「俺は治癒魔法を使ったことはないが、あの鳥人で実験してみるか」

「消し飛ばさないでね」


 遠くで家が倒壊するような激しい音が聞こえた。その音が何なのか確認する前に眩暈が酷くて目を閉じてしまった。



 次に目を開けた時は天空城のいつもの部屋だった。

 最後に聞いた大きな音は陛下がオルタンシアを連れて転移してきた音だったようだ。あの威力なら人間が一緒に転移したら消し飛ぶ。

 でも、転移魔法は純粋に羨ましい。


「死にかけるのはこれで最後にしてくれ」

「致死量じゃなかったなら問題ない」

「俺の前で目を閉じておいて?」

「今回の件は私もリヒトシュタインも悪くないでしょ」

「もう下界に行ってはいけない」

「え? あのパンテラが悪いのに?」

「エーファは変な男に興味を持たれる」

「それこそ私は悪くないし、リヒトシュタインだって変な男だから」

「俺はエーファに選ばれたから例外だ」


 やりとりにうんざりして枕を抱え込んで寝っ転がる。


「解毒剤は効いてた?」

「残念ながら鳥人たちにも効いていた。鳥人はあんなヘマをするならもっと中毒で苦しんでおけばよかったものを」

「効いたなら良かった」

「白いパンテラは幽閉されるようだ。あの老獪な鳥は賭けに勝ったな」

「何か賭けてたの?」

「あの白いパンテラは頭がおかしい。配下や手駒には簡単にできないだろう。だがあれには稀有な才能があり思うままに命令したい。だからあの老獪な鳥はエーファの情報を小出しにしてどう振舞うか見ていた」

「趣味悪い」

「エーファが被害に遭わなければ上手いやり方だ。弁えた気狂いなのかそうでないのかを見たわけだ」

「魔力のあるミレリヤの子供を狙うなんていう斜め上の行動を起こしたから弁えてないってこと?」

「制御不能といったところか。ちょうど俺が足を一本焼いたから白いパンテラに言うことを聞かせやすくなる」

「じゃあ、あの粉の解毒剤は作りやすくなるのかな。やっぱり殺さないで良かった」


 リヒトシュタインの不満そうな表情を見ないように枕で顔を隠すが、すぐに取り上げられた。


「下界にどうしても行くときは俺もついていく」

「えーそれはちょっと。皆びっくりして出てこないし、ミレリヤの家の鳥たちの寿命が縮まって可哀想。双子にも恐怖を植え付けたくない」


 リヒトシュタインの手がエーファの頬を包む。壊れ物でも扱うように触られて、彼の束縛に抗議する勢いが急速に削がれた。


「私、まだ体調悪いから」


 逃げよう。おかしな雰囲気にならないように遠ざけようと彼の胸元を叩いたが、無言で頬を撫でられてさらに落ち着かない。


「まだ番になって少ししか経っていないのに、こんなに甘やかしていては先が思いやられる」

「どこが甘やかしてるのよ」

「平気で番紛いを騙して飲ませるトラのような女をほいほい歩き回らせている」

「誰も彼もに番紛い飲ませるわけじゃないから」

「キョウチクトウの毒とその解毒剤まで知らないうちに周到に用意して」

「あれはリヒトシュタインにも使えるんだからいいでしょ」

「毒の方か」

「解毒剤の話よ」


 体調がまだ悪いと嘘をついたのに、抱き上げられて膝の上に乗せられる。なるべく離れようと胸を押すが意味はなかった。


「変な男にばかり好かれるから部屋に閉じ込めておかないといけないが、セミだからすぐに飛んで逃げるだろう。なんなら部屋まで破壊しそうだ」

「白いパンテラは魔力に惹かれてただけだから」

「あの青いトカゲだってしつこいし、面倒だ」

「私が魔法を使えるのが羨ましいだけだって」


 額に唇が降ってくる。リヒトシュタインの髪の毛で視界が覆われた。

 頑張って壊そうとしたのに、結局またおかしな雰囲気になる。不意打ちで甘くて、生温い艶めかしい雰囲気に。


「エーファを自由に歩き回らせて死にかけるのに、閉じ込めないだけ十分甘やかしていると思うが」

「死にかけたのはどっちもリヒトシュタインが陛下の命令で仕事してた時でしょ」

「さっさとここを出て暖かい場所に住むか」

「私は閉じ込められてもエリス様のようになる気はないからね」


 久しぶりにリヒトシュタインの母親の名前を口に出した。

 エーファの額にまだ唇を押し付けているリヒトシュタインの体がほんの少しだけ震える。表情を見ることはできない。


 リヒトシュタインの長い指がエーファの唇をなぞった。


「知っている」


 リヒトシュタインの返答に満足してエーファの口角は上がった。唇をなぞった指は端までいくとまたエーファの唇の上を辿った。


「愛している」

「知ってる」


 あれほど心配されれば言葉がなくても、嫌でも理解する。愛していると言われたことは今までないはずだ。違う言葉でなら何度も言われたことがある。

 勇気を出して口に出したのであろう言葉に軽々しく返答され、彼はやっと額から離れて怪訝そうな表情をエーファに向けてくる。


 エーファは「愛している」という言葉で愛が陳腐になりそうで怖かった。無理矢理番にして心臓までもらって。でも、その言葉を一度聞いてしまえばこの崇高な関係が崩れそうな気がしていた。

 

 リヒトシュタインはおそらく、エーファを母親のようにしたくなくて意図的にこれまでその言葉を避けてきたのだろう。先代竜王陛下がよくエリスに言っていたのかもしれない。それならなんて毒々しい言葉だろう。


 実際に口にされたら陳腐にはならなかった。

 最初はレモンと甘ったるいドーナツを同時に口に含んだような味がした。毒かと思って飲み込んだら心の内から湧きだしたのは喜びと安心だった。


「早く引っ越しをしないとね。荷物はほぼないけど」


 彼の首に腕を回してキスをした。歯がぶつかることはなかった。


次回からスタンリーの番外編投稿予定ですが、少し間があきそうなので一旦完結設定にしております!

長くしようか短くしようか絶賛迷い中です。


もしよければブクマ・いいね・お気に入り登録・☆マークから評価などしていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ