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【連載版】エーファは反溺愛の狼煙を上げる  作者: 頼爾@11/29「軍人王女の武器商人」発売
番外編

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解毒剤6

いつもお読みいただきありがとうございます!

「君が毒を調達して飲ませたってこと?」

「そうよ」

「毒も使えるんだぁ。それって魔法? それともわざわざ採取しに行く感じ?」

「毒の魔法なんて難しすぎて使えないわよ」


 この獣人は親戚を殺されたと知って激昂するかもしれない。

 しかし、ユリオスはへぇと大変軽く口にした。


「あの状態のサーシャおばさんなら死んでも解剖もされないよね。いつ死んでもおかしくなかったんだから」


 奇妙なものでも見るようなエーファの視線に気づいたのか、ユリオスは首を傾げた。


「ん? お礼でも言った方が良かった? サーシャおばさんを殺してくれてありがと。できれば実験してみたいことがあったけど、サーシャおばさんすぐ死んじゃうだろうからね。おばさんとしても良かったんじゃない? 死体の処理とか面倒だし」


 異常だ。狂ったギデオンよりも異常。ギデオンの場合は番紛いの作用があったけれど、このユリオスは最初から異常だ。


「それにしても凄いね。人間でもオオカミ獣人を殺せるなんて。サーシャおばさんは死にたがってただろうし楽だっただろうけど、ギデオンは面倒だったでしょ。やっぱり魔法が」

「カァ」


 会話を中断させるようなカラスの鳴き声。いつのまにか窓の側の木にカラスが止まっていた。


「うわ、めんどくさいのが来た」


 ヒョウとカラスは相性が悪いなんて話があっただろうか。明らかにヒョウの方が強いだろうに。

 そう思った瞬間、目の前のユリオスの姿が消えた。瞬時に結界を張り直すと、先ほどまでユリオスがいた場所に矢が数本刺さっている。


 カナンがやっと帰ってきたのだろうか。屋敷の入り口の方でも何やら物音がする。ミレリヤたちに動かないように言い含めてから庭へと出る。

 ユリオスは鍛えている様子ではなかった。獣人だから人間より身体能力は上だろうが、すぐ逃げるだろう。


 うってかわって庭は異様な光景だった。さきほどまでカラスが一羽しかいなかったのに、塀の上にずらりと鳥人たちが矢・銃を構えて集結している。そして地上で歯をむき出しにする真っ白なヒョウ。


 ヒョウ獣人の身体能力はあれだけ細くてもやはり高かった。

 塀の上から放たれる矢や銃弾を踊るように跳ねて避けている白いヒョウに目を奪われてしまったのは仕方がない。人間には絶対にできないしなやかな芸当だ。オオカミ獣人も恐らくできないだろう。


 ぼうっと見惚れていると、とうとう白いヒョウが隙をついて塀の上の鳥人二人をなぎ倒して外に逃亡しようとした。


 あ、まずい。あれが逃げたらまたミレリヤの双子が狙われるかもしれない。

 まだ見えている白いヒョウの手足を凍らせようとして、すぐにやめた。


 大きな火の玉が白いヒョウがいる辺りに出現したから。

 鳥人たちが慌てて飛び立つ中でエーファはすぐに水魔法を放った。


 目の前でジュッと水が蒸発する音がする。

 大量の水蒸気がもくもくと上がる中をかき分けて現れたのは、白いヒョウを逆さ吊りに手にしたリヒトシュタインだった。狩った鳥やウサギのようにヒョウを持たなくてもいいのに。


「やりすぎ。アザール家を燃やす気?」

「エーファならあの距離でも対応できただろ。これが夫婦の阿吽の呼吸というやつか」

「絶対意味が違うから」


 慌てて舞い戻って来た鳥人たちの方へ白いヒョウを小石のように投げる。

 白いヒョウは黒焦げになることもなく、綺麗に後ろ足の片方が焼けて使い物にならないようになっていた。


 リヒトシュタインが近づいてきて、エーファの前で体をかがめ不快そうな顔をする。


「あのヒョウの臭いがする」

「同じ部屋で喋っただけだよ。そんなにするもの?」

「パンテラの臭いは細胞レベルで不快だ」

「痛いって。皮むけちゃう」


 リヒトシュタインの袖の袂でごしごし頬やら手やらをこすられていると、庭にさらに鳥人が増えてきた。以前会ったことのある鳥人もたくさんいて、何か揉めていたようだったがその中からカラスの鳥人のハヤトが近づいて来た。しかし、彼は奇妙なほどエーファたちから距離を取って立ち止まる。


「エーファさん、大丈夫っすか? お怪我とか」


 そんな叫ぶように会話するならもう少し近付いてくれてもいいんだけど。


「あ、うん。あれってハヤトだったの? 鳴いたカラス」

「そうっすね。あれは準備ができて突撃の合図だったんで。怪我がなかったなら良かったです。すんません、遅れて。まさかカナンのとこの子供狙うなんてこっちも予想してなかったんで」

「エーファを狙わせる予定だったのか」


 手を熱心にこすって臭いを取ろうとしていたリヒトシュタインが急に口を挟み、庭に一瞬で緊張が走る。ハヤトはさっきよりも近付いてきて跪いた。


「エーファさんにユリオス・パンテラが興味を示していたのは事実っすね。でも、パンテラは竜人と下手に関わることはしないのでそれはないっす。そもそもエーファさんに関わらせるとエーファさんがユリオス殺すかもしれないんで、それはないっす」


 なにそれ、人を殺人鬼のように。ハヤトって跪いても太々しい。さすがカラス。


「あの老獪な鳥がこれに関して何の策も弄していなかったと?」

「メフィスト閣下はユリオスをどうにか監禁して解毒剤を作らせたかったみたいなんで、今回の件はカナンとカナンの番様には悪いけど幸運でした。リヒトシュタイン様が殺さずに足一本で済ませてくれたんで」

「パンテラなど殺す価値もない」

「うわぁ」


 エーファは思わず声を上げたが、ハヤトはリヒトシュタインの先ほどの発言を何とも思っていないようだ。


「ユリオスに監視はつけてたんですが、あいつの思考やパターンはほんと読めないですし、今日はたまたまこの屋敷の魔法の気配を嗅ぎつけたみたいで。監視も途中で急にユリオスを見失って焦りました」

「私は平気だけど、ミレリヤにしっかり謝っといて。もう一人産んだら寄越せとか双子だから片方寄越せって言われてたから」

「最低っすね」

「あのオシドリ野郎は? なんでミレリヤ助けに来なかったのよ」

「もう到着して番様を慰めてるとは思いますけど。これを機にアザール家の警備も見直されるはずですね」


 ハヤトが立ち上がって礼をして後処理をしに行く。


「なぜ俺といない時にあんなのと遭遇するんだ」

「リヒトシュタインがいないから遭遇するんでしょ。一緒にいたらほとんど何にも寄ってこないから。竜人が所有してる鉱山は見てきたの?」

「今度から兄の仕事なんぞ引き受けない」

「衣食住面倒見てもらってるんだから仕方なくない?」


 乾いた音が何発か庭に響く。


 いつの間にか意識を取り戻したユリオス・パンテラが拳銃を手にしており、彼の周囲には数名の鳥人がうずくまっていた。


 エーファの肩にも衝撃があった。左肩を見ると細い針が刺さっている。


 この匂い。あの拳銃につまっていたのは弾丸じゃなくて――。結界を解くのが早すぎた。ちゃんと維持しておけばよかった。


この瞬間頭を過ぎったのは、この針に塗られた毒を持つ植物の花言葉だった。

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