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解毒剤5

いつもお読みいただきありがとうございます!

 赤ん坊の泣き声が聞こえた瞬間、ミレリヤが迷いなく走り出す。


「え、ちょ! 危ないって!」


 屋敷の中の様子が何も分からないのに!

 慌ててエーファもミレリヤを追った。


 双子の火がついたような泣き声が徐々に近くなる。というか、ミレリヤの足が速すぎる。墓に行くまでの丘を登るときはあんなにゆっくりだったのに。そんなに走って大丈夫なのだろうか。


 双子の部屋では、乳母が部屋の隅で気絶していた。カナンの母親であるメジロの鳥人が小さな細い体を震わせて窓の前に立ちすくんでいる。そして、双子のベビーベッドを覗き込む見覚えのない男の横顔。


 白い髪。背は高いが軍に所属はしていないだろう細すぎる体躯。白すぎる肌。すべてが異質。


「君が母親?」


 男がミレリヤとエーファの方を見た。他の部分は白いのに、目だけは黒いので異様に見える。匂いで判別しているようでミレリヤに向かって鼻をスンスンさせた。


「ねぇねぇ。この子供、どっちかくれない?」

「は?」

「二人いるでしょ? 片方だけいればいいじゃん。どっちかくれない? お金なら払うからさ」


 子供が甘えるような声でしかも笑顔でこいつは一体何を言っているのか。白すぎる男を上から下まで見て、エーファはやっとエーギルの手紙を思い出した。


「ふざけないでっ!」

「ミレリヤっ!」


 ミレリヤがなりふり構わず双子に走り寄って、白い男おそらく白いパンテラから引き離そうとする。白いパンテラはミレリヤの腕をつかもうとして、エーファが密かに張っていた結界に阻まれた。


 何も見えないのに空中にある感触を白いパンテラが不思議そうに叩いている間に、エーファはミレリヤと泣いている双子を引き寄せて背後に庇う。


 ミレリヤが急に飛び出していくから心臓に悪い。白いパンテラの意識をこちらに引きつけておいて風魔法でなんとかしようかと思っていたのに。だが、ひとまずは安心だ。彼に殺意はないようだ。


 何度も叩いて結界が割れたところで白いパンテラは肩をすくめた。


「魔法の気配がしたからちょうどいいかなって思ったんだけど。鳥人と人間の子供で魔力持ちなんて実験に最高。育ててみてもいいし」


 頭がおかしい。最後に見たギデオンよりも狂ってる。力で適わないという意味ではなく、得体の知れないものを前にしたことで肌が粟立つ。


「一卵性の双子じゃん? 片方を僕が育ててもう片方がここでどう育ってどうなるか興味湧かない? もとの情報は同じだけど、ヒョウに育てられたら違うのかなぁ」


 なんなの、こいつ。

 後ろでエーファの服を握るミレリヤの手に力がこもる。


「そもそもあなた、一体誰」

「ユリオス・パンテラ。君がエーファ? すっごく竜の匂いがする」

「双子を譲ることなんてありえないから、もう帰って」


 鼻をまたスンスンさせるユリオスの問いには答えずにエーファは拒絶を口にした。彼の意識をミレリヤと双子から逸らしておきたい。


「んー、じゃあさ。次の子供生まれたらでいいから譲ってくれない? 魔力のある獣人か鳥人の子供欲しいんだよね。大人って可愛くないし」

「あのね、自分の子供をあなたに渡すなんてあり得ないから」

「エーファじゃなくってそっちの子に言ってるんだけど」


 全然話が通じている感覚がない。見た目も相まってあまりの気持ち悪さに思わず再度結界を張った。


 ユリオスは結界が張られたということを嗅ぎつけたらしい。ニッと笑って黒い目が細くなり余計に不気味だ。


「これが魔法かぁ。なんで僕のご先祖には魔法が使える人間がいなかったんだろ」


 この部屋くらい燃やして応戦してもいいだろうか。カナンの母親にはすでに視線で合図して外に出ておいてもらっている。


 ミレリヤと双子の安全のためならカナンもお小言くらいで済むだろう。というか諜報部隊なら自分の家がピンチなんだからさっさと帰ってくればいいのに。


 なんなのだろうか、あのオシドリ野郎は。あいつの母親の方がよっぽど勇敢だ。よくよく思い出せば、ドラクロアに着いた初日もあのオシドリ野郎は助けに来るのが遅かった。なんなの、あれ。ミレリヤを守る気があるの?


「セイラーンの粉の解毒剤は僕が作ったんだよね」


 エーファが対処しあぐねてイライラしていると、自慢というには軽すぎる調子でユリオスが口にする。そうなのだろうか。エーギルは「気をつけろ」しか手紙で言っていなかった。そんなことエーファは聞いていないから本当かどうかも分からない。


「今度はセイラーンが鼻の悪い鳥人にも効く粉作ってくるかも。セイラーンじゃなくって他の国でもいいけどさ」

「何が言いたいの。ハッキリ言って」

「僕をここで殺してもいいけど、解毒剤の作り方は僕のここに入ってるんだよね。メモなんて残してないんだ」


 ちょんちょんとユリオスは白すぎる指で自分の白髪の頭を差した。


「あなたを殺したら解毒剤の作り方が分からなくってみんな困るってこと?」

「せいっかいっ!」


 ユリオスがパンっと手を叩いて、その音に驚いて双子が余計に泣き出す。


「君って魔法は使えても治癒の魔法は使えないんでしょ? 竜人の治癒も威力が強すぎるからね。現在進行形で症状が出てる奴らも困るし、将来またあの粉の改良品が使われた時に今回より被害が相当大きくなるからね、困るでしょ?」

「それって解毒剤を盾に子供をよこせって脅迫してるの?」

「やだなぁ、れっきとした交渉だよ。僕は魔法に興味があって。魔力を持った人間の子供がアザール家にお誂え向きにいるって聞いたからさ。後ろの彼女の子供なら彼女との交渉ってとこ。だってパンテラは竜人怖いもん。竜人の番であるエーファには何にも危害なんて加えないよ」

「急に家まで押しかけといて交渉?」

「エーファにまで会えるとは思ってなかったけどねぇ」


 へらりとユリオスは笑う。ここまで会話してみて、ユリオスは交渉どころか自分の我しか通す気はない。殺意はないようだが、頭は良さそう。正直、手に負えない。


 エーファにとって解毒剤云々はどうでもいい。エーファやミレリヤは人間だからあの粉は効かないし……いや竜人の心臓を入れられたらあの粉は効果があるんだろうか。いや、これまで症状が出ていないならないか。

 リヒトシュタインだってあの粉は大丈夫だろう。人間の血が入っていても症状が出る粉だったらマズイけれども。


 リヒトシュタインと二人で生きていくのだから、解毒剤が作れなくなったところでエーファは困らない。ハンネス隊長やエーギル、オルタンシア様のことが頭を過ぎるけれどドラクロアがどうなろうとどうでもいい。

 ハンネス隊長たちは大切で感謝はしている。ミレリヤだって友達だと思っているし大切だ。

 大切なものが増えれば増えるほど迷いも増える気がする。でもエーファにとって最も大切なのは、ハンネス隊長たちでも後ろのミレリヤでもなくリヒトシュタインだ。


「そういえば、あなたってサーシャ様には似てないのね。親戚?」


 最終手段は最終としてとっておこう。カナンか誰かいい加減帰ってこないだろうか。エーファとしては狂ったユリオスをここで殺してもいいが、時間を稼ぐために問いかける。


「サーシャ・パンテラは僕にとってはおばさんだよ」

「そう。そのサーシャ様は私が殺した」


 初級魔法ならいつでも放てるように準備をしながら、エーファは誰にも言っていなかったことを告げた。


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