解毒剤3
いつもお読みいただきありがとうございます!
「なぜ、あの変わり者にエーファの情報を与えるんですか」
「解毒剤を大量に作ってもらい、さらに改良してもらうためじゃ。ああいうタイプは飽きるとすーぐに投げ捨てるからの」
エーギルはメフィストに詰め寄った結果、さらに顔を顰めることになった。馬の鼻の前にぶら下げる人参か。
「だからといってあれほど言わなくても」
「引きこもりじゃから情報には疎いじゃろうが、いずれ気付く。パンテラほどオオカミ獣人と竜人にコンプレックスを持つ者もおらん。ギデオン・マクミランが人間に殺されたことで少しでもやる気がでるならいいことじゃ」
「解毒剤の量産・改良なら研究班でもできるのではないですか」
「できると思うのか。解毒剤を飲ませて回復させて職務に当たらせてまた症状が出たら解毒剤を飲ませる。ユリオス・パンテラは確かに変わり者じゃが、あの者はセイラーンの書物を独自に集めて研究しておる。解毒剤は早い方が良く、セイラーンやその他の国があれ以上のものを作って侵攻してこない保証はどこにもない。だから改良も早くせねばならん」
正論だ。非の打ち所がない。鳥人にも、人間と獣人の混血にも効くものが開発されてしまえばドラクロアの被害は今回の比ではない。
「それに最も適しているのが現在何の症状も出ず、知識も手段も豊富なあの者じゃ。だから、多少の餌は撒いておく。ジェイソン・マクミランの首が褒美として欲しいと言われなかっただけマシじゃな」
「首を求められたら閣下は差し出しそうです」
あり得ないが、サーシャ・パンテラのされたことを知っていればないとは言い切れない要求。そういえば、ユリオス・パンテラは褒美を求めなかった。ドラクロアの一大事だったので参謀部隊に求められても困るが、解毒剤を完成させたことでパンテラ家の名声は当然上がるだろう。
今回評判を落としたのは侵攻の決定に止めを刺したリオル家、そしてマキシムス家。しかし、宰相であるトリスタン・マキシムスが死んでいるためマキスムス家に対しては複雑だ。
机の上を見回して気付く。ユリオス・パンテラはあの傷薬を持って帰ったらしい。
「ジェイソン・マクミランもワシももう老いた。別に首くらいくれてやってもいいが、あの者はそういうタイプではなかろうて」
「エーファに接触したらどうするんですか。リヒトシュタイン様が黙っていないでしょう。そうなるとユリオス・パンテラは殺されますよ」
「そこまで愚かではないはず。竜人への恐怖は骨の髄まで染みついておるはずじゃし。遠目から見る程度ならいいが……そもそもリヒトシュタイン様はセイラーンの軍勢を一人として殺さなかったのじゃから、パンテラを殺すならむしろあの生意気な小娘の方ではないか」
「ユリオス・パンテラが誰かに危害を加えようとしない限りは大丈夫でしょう。彼女の魔法はより強大になっているはずですが、率先して誰かを殺すために使っているわけではないので」
ギデオンを殺す羽目になったのはあの人間の男にギデオンが手を出したからだ。セイラーンの兵士が焼き殺されたのは、ハンネス隊長を守るため。
「あの生意気な小娘も大変なことじゃ。せっかく青二才のギデオンを退けたのに。変な輩にばかり興味を持たれる」
メフィストが面白そうにこちらに視線を流してくるが、エーギルは無視した。
「リオル家はまた他国に勝手に出かけて行くでしょうか」
「ペラジガスがかなり手荒に連れ帰ったようじゃからしばらく大人しいじゃろう。解毒もしばらくリオル家に対しては行わん。戦闘部隊はリオル家がおらんでも回るじゃろうて」
エーギルは頷いた。エーファには注意の手紙を念のため送っておいたが、リヒトシュタインが読んだだろうか。
ユリオス・パンテラはまずい。何を考えているのか全く分からないあいつはまずい。
***
ユリオス・パンテラは薄暗い地下の自分の部屋にいた。実験道具と本に囲まれながら。
コポコポと音を立てる液体を満足げに眺めてから勝手に取って来た傷薬を明かりにかざす。ユリオスとしては勝手に取って来たなんていう概念はない。
サーシャの件でオオカミ獣人は嫌いだが、殺すほど憎いわけではない。そこまでのエネルギーは持っていない。でも、ギデオン・マクミランが人間に殺されたのは愉快だった。見栄のためにそれを必死で隠しているジェイソン・マクミランの様子も。
「なんたって相手には竜人がついてるんだしねぇ」
竜人の恋愛相手でなければ、息子を殺されたジェイソン・マクミランの出方も違ったかもしれないが。
「じゃあ、サーシャおばさんに誰が毒を飲ませたんだろ」
サーシャ・パンテラは長いこと寝たきりだった。最後の力を振り絞って毒を飲めたとしても、毒を調達した人物がいたはずだ。使用人はすべてジェイソン・マクミランの息がかかっていた。落ち目のパンテラ家から助けるために誰かもぐりこませることなどできるわけがなかった。まだまだ無知なシュメオンが訳も分からず調達したのだろうか。
「サーシャおばさん、生きてたらいろいろ実験したかったんだけど。まぁ仕方ないか。あのオウカ・マキシムスでさえお手上げだったんだし」
ユリオス・パンテラはどこまでいっても変わり者だった。モラルというものもなかった。彼の母親の姉であったサーシャ・パンテラの死を大して悼んでいるわけではないのだ。
「魔法かぁ。いいなぁ」
すぐにユリオスの意識は傷薬から漂う魔法の気配に流れていく。不快なオオカミ獣人の匂いなど頭から消し去る。
「どうしてうちの先祖には魔力のある人間がいないんだろ。僕も魔力が欲しかったなぁ」
しばらく傷薬を手に恍惚とした表情を浮かべていたが、何か思いついたらしい。軽い足取りで珍しくリビングに向かって行った。