ミレリヤ・アザール2
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「に、人間っぽい! 」
小さく叫ぶエーファを見てミレリヤは笑った。
「ふふ。卵でも産んだと思った?」
「それは思いつかなかったけど……鳥のヒナを想像してて」
「私は卵で出てくるのかと思って妊娠中すごい不安だった。ぐずると鳥の姿にもなるよ」
「え、もう? こんな小さいのに鳥化できるんだ」
エーファは恐る恐る双子を覗き込んでいる。ミレリヤはその様子を見てクスリと笑った。
しばらく会わないうちにエーファは雰囲気が変わった。大人びたというか。ドラクロアから脱出したり、追跡されたり、死にかけたりしたのだからミレリヤが妊娠して隔離されていた期間はエーファにとってさらに波乱万丈だったのだろう。
双子を乳母に任せてエーファと別の部屋に移動する。
「カナンを手のひらで転がしてるね」
「そう? 普通よ」
カナンは今日休みなのでミレリヤにべったりくっついていようとした。まだ新しい番が見つかっていないのだろうか。どういう基準で次を選ぶのか分からないが。
カナンとエーファは仲が悪い。とんでもなく悪い。今日だってカナンを見た瞬間エーファは舌打ちをしたし、カナンは顔を思い切り顰めた。過ごした時間はとても少ないのにお互いここまで嫌いになれるのがミレリヤには不思議だ。徹底的に合わないのだろう。
ミレリヤもカナンのことを好きで好きでたまらないというわけではないので、エーファがこんな態度でも平気だ。エーファはカナンに対して態度では出すが、ミレリヤに向かってカナンの悪口を積極的に吹き込んで別れをすすめることはない。ミレリヤはそういうエーファが好きだ。
「ミレリヤはカナンに優しく休んで欲しいって言いながら、しっかり部屋から追い出してたから」
「休んで欲しいのは本当。だって竜の臭い?でカナンは足が震えてたもの」
「うわ、ごめん」
「私は全く分からないから大丈夫。エーファと会いたかったし」
それからいろいろな話をした。マルティネス様の話、竜人の番になった経緯、隣国の侵攻。
「私、全然何も知らなかった」
「むしろ良かったよ。ミレリヤにストレスかかったんじゃないかと心配だったから」
エーファは死にかけたことも、戦争になりかけたことも何でもないことのように言う。これが強者の肝の据わり様なんだろうか。
「セレンの遺骨はヴァルトルトに埋めに行こうと思うんだ」
「その前に私もお墓に行ってもいいかな? これまで何にもできなかったけど、せめて」
マルティネス様とは距離を詰められないまま妊娠してしまった。結局彼女の声も聞けないまま永遠にお別れになるなんて思ってもいなかった。だから、エーファのように「セレン」とは呼べない。
「私は目の前で見てたのに何もできなかったよ。エーギルと相談するからそれまではクロックフォードのお墓にあるよ」
「じゃあ早めに行かないとね。あ、もしヴァルトルトに遺骨を持っていくなら、トレース伯爵家がどうなったか気になる。執事のローレンにだけは手紙を出したいんだけど難しいよね……無理を言うんだけど、手紙を渡すからヴァルトルトに行くときにエーファにお願いできない? カナンに頼んだこともあるんだけど、いい顔しないから」
「ミレリヤが爵位返還したのよね。魔法省の局長に聞いてみたら教えてくれるかも。鱗で釣ろうかな。あ、怒るかな~。でも、できると思う。やってみる」
「ありがとう。諦めてたからすごく嬉しい」
「なるほど、こうやってカナンを転がすのね。見習お」
鱗とか訳の分からないことをブツブツ言っていたが、喋り疲れたのかエーファは紅茶をグイッと飲んで一息ついた。カナンのことというかドラクロア人のことを「母国に手紙も出させないなんて小さい男」と呟くのも忘れていない。
「ミレリヤは今、幸せ?」
「うん。子供が生まれてからすごく幸せ」
「なら良かった。カナンは、あーその……相変わらずべったりだね」
エーファはミレリヤの少し含んだ言い方をくみ取ってくれた。
これは推測だけれども、エーファはミレリヤの生き方が嫌いなのだろう。カナンに依存しつつうまく転がして生活を保障されているミレリヤの生き方が。でも、ミレリヤにはこの生き方が合っている。息をするように他人の顔色が読めるから。実家での様な虐げられた生活は送りたくないから。
実家で唯一気にかけてくれていた執事のローレンに手紙を出したいけれど、カナンがいい顔をしないから簡単に諦めていたように。ある程度カナンに支配されつつ生きていくミレリヤの生き方はエーファには似合わない。
「新しい番を見つけるはずだけど、仕事が忙しいのかな? もしかしたらもう見つけてるのかも」
「冷静だね、ミレリヤ」
「カナンは私をあの家と国から連れ出してくれた。継母たちに奪われた母の遺品も取り戻してくれて、お義母様だってここでは良くしてくれる。一年おきに番を変えるって言われた時は取り乱したし、今もやっぱり嫌だけど……でもカナンには感謝してるんだ。子供はとっても可愛いし」
「そっか。私、これからドラクロアの端のあったかいところに住む予定だから困ったらおいでよ。家出とか。風魔法で一緒に他の国に旅行してもいいし!」
「あ、それはいいかも。ドラクロアだって到着した時しかきちんと見れてないんだよね。実はこの家から出たことないの」
「ドラクロアは外に出たら危ないから歩き回るのは他国にしよ。平気で他の番に言い寄るらしいから」
「え、それは初耳」
「だからカナンが外に出さないんだよ。いや、あいつの場合は他の理由もありそうだけど」
ミレリヤはエーファの生き方は決して真似できない。一夫一妻制の唯一の番で公爵夫人の未来が待っていてお金には絶対に困らなかったのに。ミレリヤなら間違いなく全力で流される。それなのに、邪魔なものは排除してまで安定を蹴って逃げるなんて。
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、まさかね。なんか気配が……」
エーファはキョロキョロしながら訳が分からないことを口にした。
ミレリヤの部屋からは美しい庭がよく見える。カナンや義母が整えてくれたのだ。その美しい庭の木で休んでいたはずの小鳥たちがバタバタと地面に落下している。
「え、小鳥が気絶してる? 何かしら、あれ」
「やばい。何で」
「エーファ、どうしたの?」
「み、ミレリヤ。双子ちゃんって竜の臭い大丈夫?」
「赤ん坊のうちは嗅覚は未発達だって聞いた気がするけど……エーファが側に行ってもカナンみたいに震えてなかったから」
庭を何か大きな影が横切った。え、横切った?
ミレリヤはポカンと口を開けてしまった。だって、あまりに美しい人が庭を闊歩していたから。
「リヒトシュタイン! 来ないって言ってたじゃない!」
エーファはそのとんでもなく美しい人に向かって怒っていて、ミレリヤは目まで見開く羽目になった。
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