ミレリヤ・アザール1
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ミレリヤの前にはカナンが正座して首を垂れている。
「内緒にしててごめん……」
カナンの話してくれた内容を咀嚼するのに時間がかかり、ミレリヤはすぐに反応出来なかった。
「マルティネス様は……亡くなったの?」
「うん」
「しかも自殺?」
「うん」
カナンは正座したままだ。別の部屋で泣き始めた双子を義母と乳母があやし、さらに小鳥たちが歌を歌ってくれている。その声がいつもよりも遥か遠くに聞こえた。
「ミレリヤ。大丈夫?」
「あ、うん。びっくりしてる」
ここ最近、カナンの様子がおかしかった。新しい番でも見つかったのかと覚悟していたが、彼が切り出した話はミレリヤの想像を超えていた。
マルティネス様が家に火を放って自殺。そしてエーファはドラクロアから無事脱出したがマクミラン様に追いかけられて死闘の末にマクミラン様を殺害。そのまま幼馴染と結婚しているのかと思ったら竜人の番となってドラクロアにいるという。幼馴染はエーファを裏切っていたようだ。
呆然として座るミレリヤの手にカナンの手が重なった。
「黙ってたこと怒ってる?」
なぜカナンが泣きそうな表情をしているのだろう。
ドラクロアに来てから、カナンはとても優しくて。母が亡くなって継母と義妹が家にやってきてから大切にされなかったミレリヤは簡単に恋に落ちた。あっけないほど簡単に。
そしてすぐ絶望した。オシドリの習性として一年おきに別の番を見つけると言われたから。いくら最初の番で特別で、ずっとアザール子爵家にいていいと言われても気持ち悪かった。受け入れられなかったが、ミレリヤには他に帰る家がなかった。
すぐに妊娠して、カナンはさらにミレリヤを丁重に大切に扱ってくれた。というか悪阻が酷くて外に出してもらえなかった。情報もこんなに遮断されていたとは。
思い返せば、母が亡くなってからミレリヤには安心がなかった。ドラクロアに来てやっと安心できると思ったらそうじゃなかった。でも、妊娠してみて子供がお腹にいると思うとなんともいえない幸せな感覚を味わった。
「怒ってない。ただ、驚きすぎて……」
「ミレリヤは妊娠してたし……その、出産後も体調が悪そうだったから言えなかった」
「うん、それは怒ってない。気を遣ってくれてありがとう」
「当たり前だよ、ミレリヤは僕の愛しい番なんだから」
変なの。
そう言いながら一年おきに他の人をとっかえひっかえするのに。まだ現場は見ていないけれど心に影が差す。
子供は双子でどちらも男の子だった。双子はアザール家にとって大変縁起が良く、さらに男の子だったのでとにかく喜ばれた。家中がお祭り騒ぎ。跡取りにするのは基本的に男児であるそうだ。
カナンは感激して泣いていたし、カナンの母である子爵夫人も甲斐甲斐しく産後のミレリヤの世話をしてくれて乳母まで用意してくれた。
子供を生んで初めてミレリヤは安心した。ずっとなかった自分の居場所がやっとできたのだ。それは双子がミレリヤを求めて泣き喚くたびに実感している。寝不足で疲れるが完全に依存されているのがこんなに嬉しいなんて知らなかった。
「エーファは大丈夫なの?」
「他国が侵攻してきた時に死にかけたけど大丈夫」
「それはどういうこと?」
「僕もよくわかんないけど……竜人の番になったけど人間の体じゃあ竜人の強大な魔力に耐えられなくて心臓がダメになりかけたって。竜人の心臓半分もらって今はピンピンしてるって聞いた」
そもそもどうやって竜人の番になったのだろう? エーファはマクミラン様の番だったのだから彼を殺したらそれで終わりではなかったのか。しかも心臓がダメになりかけたって?
「まぁとにかく、あいつはもう大丈夫だから。ミレリヤにも会いたいって圧力かけてきてるんだけど」
「うん、私も会いたい。双子も見て欲しいな」
「僕はあいつ来るの嫌なんだけど……」
「え?」
「いや、なんでもない。いつがいいかな」
エーファは絶対に逃げるだろうからもう会えないと思っていた。
ミレリヤは実家からどうしても出たかったけど、他の二人はそうじゃなかった。母国に婚約者もいたし、好きな人もいた。
エーファとマルティネス様がドラクロアに連れてこられたのは、二人にとってはクリームいっぱいの池に突き落とされたような感覚だろう。
マルティネス様はしばらくもがいていたけれど、諦めて沈んでいった。でもエーファはもがき続けてクリームがとうとうバターになって池から抜け出した。抜け出した後も休みなく走り続けた。ミレリヤから見たエーファ・シュミットはそんなイメージだ。
ミレリヤはカナンの指に自分の指を絡める。こうするとカナンは喜んで目尻が下がるのだ。
カナンの母親である子爵夫人に教えてもらった。ちなみにカナンの母親はメジロの鳥人だ。メジロの鳥人は番とだけ一生添い遂げるそうなので、オシドリの夫と番になって苦しんでいた。だからミレリヤのことも理解してくれて仲良くしている。メジロの特性らしく、よくくっついてくるのだけが少し恥ずかしい。
「エーファに会うの、来週でもいい?」
「僕がいる時ならいつでも」
「エーファのこと苦手なんじゃない?」
「だって竜の臭いプンプンつけてるんだよ」
「臭いの?」
「僕たちは臭いと感じるし、そもそも竜人超怖いよ」
双子を生んでからミレリヤは愛を初めて知った。双子に自分の指をきゅっと握られて気付いた、あぁこれが愛なのかと。双子から愛と安心をもらった。だからカナンにも感謝している。
ミレリヤはそっとカナンの手を取って口づけた。そうしたらカナンが喜ぶことを重々知りながら。
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