最大の変数5
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リヒトシュタインに片手で抱えられていると、急に周囲が明るくなる。
「綺麗」
リヒトシュタインが一瞬で手のひらから出した炎のあまりの美しさに見惚れた。こんなに綺麗で高温の炎をエーファは詠唱もなしに出せはしない。
さらに言えば高温であるはずなのに近距離で熱さはまったく感じない、この繊細な魔力操作。こちらは堕落火でさえ前髪が焦げるというのに。
「エーファが眠っている時に陛下は彼女を殺そうとしたからな。そこのオレンジ髪の竜人にはちょうどいいだろう」
「どこがちょうどいいの」
「番うこともしないくせに番紛いを飲んで縛り付けられるなんて哀れだ。それならここで陛下を殺せばそこのオレンジ髪は自由になる。他の番でも何でも探せばいい。陛下にはエーファを殺そうとした報復ができるしちょうどいい」
意識がない時のことは分からないのでなんとも言いようがない。
「竜王陛下を殺したらまた混乱するんじゃない? このタイミングで他国がまた侵攻してくるかもしれない」
「そんなことは知らん。どのみち戦って強い竜人が竜王になるだけだ。俺たちはここを出て行ってどこで暮らそうか。海のそばか、山の近くか。まずイーリスを見に行くだろう」
「海がいい。あと寒くないところがいい」
うっかりつられてしまったが、こんなやり取りをしている場合ではない。
ルカリオンは必死にもがいているが、リヒトシュタインの力の方が圧倒的に強いようだ。エーファから見ればルカリオンは全く弱くないのに、リヒトシュタインと対峙すれば赤子扱い。
「おやめください」
そういえばリヒトシュタインの派手な魔法を見るのはこれが二回目だ。番紛いを飲ませる前には見たことがなかったなど感傷に浸っていると、掠れた声とともにオルタンシアが間に割って入った。
割って入ったはいいものの、体調が悪いせいでよろめいてこける。
「私に恩を返して下さるならもう十分です。どうか、どうか陛下を殺さないでください」
驚いたことにオルタンシアはこけた体勢から立ち上がらず、体を震わせながら頭を床につけた。プライドが高いはずの竜人の姿に言葉を失ってしまう。
「陛下にこれほど軽く扱われているのになぜ頭を下げる」
「私が陛下を愛しているからです」
「その愛が軽んじられて搾取されていると言っている。それほど体調を崩してまで陛下に尽くしても、愛は返ってこない」
「先ほどまではそれを嘆いておりました。でも、いいのです。私は陛下が生きていてくださる方が大切です」
ルカリオンはもがくのを止め、オルタンシアの姿を痛ましそうに見ている。エーファも彼女を見ているのは恥ずかしい。でも、知っている。愛を得る過程はとてもみっともないのだ。もしかしてエーファもこの位みっともなかったのだろうか。泣き喚いた覚えもある。
リヒトシュタインは目を細めてしばらくオルタンシアを見ていたが、彼女は顔を上げないので炎を消した。ついでに指をルカリオンに向かって振ると、ルカリオンの見えない拘束が解けて体が落下する。
「だそうだが、陛下。番紛いを飲んだにも関わらず彼女をこのままでいさせることは父のやっていることと同じだと思うが」
ルカリオンが震える指をこちらに向けた。思わずエーファは反応する。
ルカリオンが魔法を使う気配を察知したので、苦手な水魔法で対抗したのだが思ったよりも水量が出た。
「えっと、ごめんなさい。ずぶ濡れにするつもりはなくて……」
顔を上げたオルタンシアまでずぶ濡れにするつもりはなかった。
「陛下は往生際が悪い。愛を向けられても取りこぼすことしかできない。殺されるかもしれないのに俺の前に立ちふさがり、行動で示してくれてもまだ彼女が信じられないのか。いや、陛下は陛下自身のことが信じられないのか」
エーファを抱いたまま、リヒトシュタインは廊下へ続く扉へ向かいあと一歩のところで立ち止まった。
「陛下が父のようになってしまったら、その時は俺が陛下を殺してやる」
あぁ、リヒトシュタインはやっぱり本気で殺そうとしたわけじゃない。ふざけているのか先ほどまで若干曖昧だったが、今の言葉ではっきりした。
「お前は、どうなんだ。父のようにならないのか」
「そうなったらエーファが俺を殺してくれる。そういう女だから番に選んだ」
扉を足で蹴って部屋から出て行く。エーファから最後に見えたのは、苦しそうな表情をしたルカリオンと彼に恐る恐る近付くオルタンシアだった。
「ねぇ、番紛いを飲ませたのは私なんだけど。私がリヒトシュタインを選んだの」
「そうだったな」
口角を上げながらリヒトシュタインはすたすた歩く。
「自分で歩くから下ろして」
「さっき魔法を使ったんだから安静にしろ」
「命令しないで」
「じゃあ、懇願しようか。頼むから安静にしていてくれ。さっきも魔法がきちんとコントロールできていなかった」
「前より発動も早いし……魔力も増えたみたい。水魔法苦手だったのに」
「それは良かったじゃないか」
結局、丸め込まれて抱えられたまま部屋まで戻って来てベッドに下ろされる。眠る気分ではないのでベッドに腰掛けた。
「あの二人、どうなるかな」
「さぁな。もう後は興味がない」
リヒトシュタインも座るのかと思ったら、エーファの前に跪いた。
「疲れた? 陛下に会って緊張した?」
「いや……」
どこを見ているのか、しばらくリヒトシュタインは目を伏せていた。体調でも悪いのだろうかと怪しみ始めた頃になってやっとエーファの両脇に手をついて囲い込む。
「エーファに一つ、嘘を言った」
「何?」
「これを聞いても、俺の側にいてくれるか」




