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最大の変数3

いつもお読みいただきありがとうございます!

 仰々しい物言いである。

 エーファがまだ自分のことをリヒトシュタインのニセモノの番だと称していたなら、きっとこう答えるだろう。


 人生や運命を変えるための最大の変数は過去の恐怖と憎しみだ、と。

 愛が正の変数なら、過去の恐怖と憎しみは人生を簡単に捻じ曲げる負の変数だ。


「番紛いを使う目的や番の概念が私にはよく分かりませんが」


 エーファは心臓のある位置にそっと指を這わせて口を開いた。


「こうなってみて初めて分かります。番も番紛いも結局、関係なかった」


 正しく作られた番紛いは1度だけ飲めばいい、番っていたらもう番紛いを飲ませても意味がない。さまざまな情報を得たところで、番に縛られて振り回されていたのはエーファだった。

 オルタンシアの訝しそうな視線を感じるが、エーファはしばらく心臓の鼓動を指で感じていた。


「ドラクロアから逃げ出したのに元婚約者に裏切られて、命懸けで脱出したのに。だから、愛するのが怖くなりました。どうせ愛したって裏切られる。愛されるのも嫌だった。それで愛してしまうのも怖いから。番紛いを言い訳にしてニセモノの番だと自分に言い聞かせていただけです。番紛いは私にとって都合が良かった。死にかけてやっと自分への言い訳をやめました」


 今のオルタンシアのようにエーファも自分の愛が正しいと信じていた。スタンリーが裏切らなかったらまだ信じていただろう。それが粉々に壊れてからが愛だった。


「リヒトシュタインは強制的に番にされた母親を救いたかった人です。でも救えなかったから、自分の番を拒絶して死のうとしました。でも私が死なせなかった。そして今回、アヴァンティア様を頼って私を救ったことで彼の中にいる母親も救われたんじゃないでしょうか」


 心臓から視線を上げるとオルタンシアは明らかに戸惑っている。エーファの言葉を咀嚼しきれない様子だ。無理もない、エーファでさえいまだに言葉にするのは難しい。


「おそらく竜王陛下も同じでしょう。ルカリオン陛下も母親を救いたい人でしょうから、オルタンシア様を拒絶しているんじゃないでしょうか。あなたを母親のようにしたくない一心で」

「でも……陛下は自分で番紛いを飲んだのに……」

「覚悟できていると思っても見せかけだけで鈍ります。リヒトシュタインと二人きりで向き合うだけで私は怖かった」


 リヒトシュタインが怖かったわけではない。自分の消化しきれていない過去の恐怖と憎しみをリヒトシュタインに映すのが怖かった。

 オルタンシアは何か言おうと口を開いてはっと何かに気付く。


「陛下が」

「え?」

「姿を隠す魔法は使えますか?」

「私、攻撃系に全振りしてますのでそんな器用な魔法は無理です」

「……いえ、どのみち臭いで気付かれますから意味がなかったですね」


 エーファの耳にも荒々しい足音が聞こえた。オルタンシアは一瞬間をあけたが、すぐにエーファを抱き寄せる。

 一体どういう状況だろうか。抱き寄せられてエーファの頭は疑問符で埋め尽くされた。首を絞められているわけではない、ただ守るように抱き寄せられている。


 ノックもなしにオルタンシアの部屋と廊下をつなぐ扉が荒々しく開く。すぐに怒りをたたえた金色の目に射抜かれた。


「何をしている」

「オルタンシア様のお見舞いに来ました」


 オルタンシアの腕の中で、見るからに機嫌の悪いルカリオンに答える。


「お前とリヒトのせいで彼女の体調が悪いのにノコノコお見舞いに来ました、だと?」

「ですので魔力譲渡を」


 オルタンシアの手が口を塞いだので、エーファは黙った。


「申し訳ございません。私がエーファ様とお話したかったのです」

「そんな人間に様をつける必要はない。つけるべきはそいつらだ」

「私がそうお呼びしたいだけです」


 緊迫感のある会話だ。夫婦喧嘩と呼んでいいのだろうか。いや、夫婦喧嘩にしては他人行儀だ。


「人間、目障りだ。早く出て行け」

「私は竜人の方々に疎まれているので、エーファ様ともっとお話したいのですが」


 前言撤回。夫婦喧嘩だ。オルタンシアは意外と気が強い。男に強く出るタイプだろうか。


「誰に疎まれている」

「それを言うほど私は落ちぶれていませんし、そもそも覚悟して番紛いを飲んだので大丈夫です」


 いや、言えよ。言っちゃってよ。そうしたらその人たち追い出して解決では?


 そういえば今更だけれどもオルタンシアは一応王妃なのに、誰も側に侍っていない。先代竜王陛下に会った時はランハートが地図を出すなどいろいろしてあげていたし、ルカリオンの側にも誰かいたことはある。だが、アヴァンティアとオルタンシアに侍従のように誰か侍っているのは見たことがない。竜人はそんなものなのかと思っていたが……疎まれているのだろうか?


 エリス様の側にもリヒトシュタインとティファイラしかいなかった。あれはおそらくリヒトシュタインが追い払っていたのだろう。


「アヴァンティア様には良くしていただいていますが、いまだ番っていない魔力も少ないこれといって強くない王妃を他の竜人が疎むのは当たり前です。皆、陛下の妻の座を狙っているのですから」


 予想よりも明け透けな会話がなされている。口を塞がれているので二人を見ていることしかできないが、オルタンシアの性格が思っていたのと違う。ルカリオンのことを相当好きなのだからもっとこう……恋する乙女のような態度かと勝手に想像していた。


 エーファだって想いを自覚してからもリヒトシュタインの腕を叩くし、最近では枕でも叩き、変態・最悪などと言っているのだから大して態度に差はなかった。


「お前がその人間やリヒトを率先して助けるから反感を買っているのではないか」

「それはなぜでしょうか。エーファ様もリヒトシュタイン様もドラクロアを守った方です。反感を持っているのは陛下だけ。私が自分の思い通りにならないからとそのように怒って支配しないでください」


 オルタンシアは男に頼らない性格のようだ。


 この二人のやり取りを見ていると、もう少しリヒトシュタインに殊勝な態度をとった方がいいだろうかと悩んでしまう。

 いや、無理な話だ。いきなり彼にデレデレと甘えるのも恥ずかしい。絶対にからかわれるし、熱でもあるのか心配されるかもしれない。

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