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女神と春時雨  作者: 阿多間伊太
5/7

女神の過去

この話は以前凛さんから直接聞いたものを元にしている。


・・・・・・・・・・


思い出した。

初めて見るお母さんの泣き顔と雨に濡れた靴下の重く嫌な感覚を……。


「お母さん、これからどこにお出かけに行くの」


自身の誕生日に我が家では珍しい夜の時間の外出ということもあって私は心を踊らせていた。

私の言葉に反応してお母さんが何か遠くにあるものを見るような目で少し感情的になって語りかけてくる。


「凛、これからはお父さんなしで生きていかなきゃならない。だからあなたがしっかりしなきゃならないの」


今思えばそれはお母さん自身への言葉でもあったのかもしれない。


「それ、しつもんにたいする答えになってない」


するとお母さんは顔を手で覆って泣き出した。


―――へんなお母さん。


私はそう思ってしばらく話しかけないようにした。


私達一家は世間的に見て決して裕福とは言えない。

三人で郊外の質素なマンションに住み、おもちゃを買ってもらえるのは誕生日とクリスマスの時だけ。

しかし必ず朝、夕ご飯は一緒に揃って食べた。

その時は当たり前だと思っていた日常。

だから後になってはっきりと気づく。

それは幸せだったと。


―――お父さんの手は冷たかった。


「お父さん!」


その頃の私は死というものの途轍もない身近さをわかっていなかった。

ただいつもと変わらない優しい顔でこんこんと眠るお父さんを見てどうしようもない不安に駆られた。

お父さんにはもう会えない。

なんとなく、感覚がそう冷静に告げてきた。


それからというものお母さんは重い病気を患い入院し、寝たきりになってしまった。

気の病と言うやつだろう。

そのため私は親戚の家で養ってもらうこととなった。


そして長く寂しく時間が過ぎ去っていった。

我が家だったものは取り壊され、そこには新たなマンションが建てられた。

お母さんは病気が悪化し、そのまま帰らぬ人となってしまった。

私はお父さんの意志を継ぎ、探偵となることを決意した。

決して楽な道でない事ぐらい、そんなことくらい進む前からわかっていた。

それでもお下がりのコートを手放すことはなかった。

そうすることでお父さんに触れ続けていられるような気がしたからだ。

それだけで良かった。


一升瓶の蓋を開けた。


―――お父さんの顔は相変わらず優しく、暖かかった。


……お父さん。


死とは何か、全てを理解した訳ではない。

でも一つ、わかったことがある。


人は死んでも、人の心の中で生き続ける。



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