女神の職責
人生初ブックマークがついている。
感動。
「……夜になると……、また、雰囲気変わりますね……、はぁ、はぁ、はぁ」
「そう、だな……」
俺と凛さんは再び、マンションの前にいる。
腕時計の針は丁度正子を回るところだった。
深夜、幽霊の現れる時間。
つまり本番だ。
仕事は2つ。
加害者(霊)の成仏。
そして今回は死亡事件のため被害者(霊)の方も必要になってくる。
「怖いんですか?」
「そりゃぁ、まぁ、こわい。何回も言っているだろう」
そう、凛さんには一つこの仕事をするにあたって致命的とも言える弱点があるのだ。
「私は幽霊が苦手なのだよ」
そんな腰に手を当てて自信満々に言うことじゃないと思いますが。
「普通慣れませんかね。こんな事何回もやっていれば」
「うるさい。努力はしているのだからしょうがないだろう」
さも当然かのように右手に握られている焼酎の一升瓶を見せつけてくる。
「酔っ払って恐怖をごまかす事を努力と言えるとは思えませんが」
「細かい事は気にしない性格なのでね」
慣れた手付きで瓶の蓋を開けて中身の三分の一程を呑んだ。
「ぷは~っ……。よしっ努力も済ませたことだし、ちゃちゃっと行くとしますか」
そう言ってロビーの方向へ「おっとっと」とか言いながら歩こうとしている。
「努力は済ませるものじゃありません。ほんとあんなんでやっていけてるのが不思議なくらいだな」
そうボソリと独り言ちた。
「んぁ、失礼なこれでも結構優秀なんだぞ」
どうやら聞こえていたようだ。
「自分で言いますか」
そして俺達は二人でロビーへと歩き出した。
・・・・・・・・・・
ここは昼にも来た事件現場である4階の廊下。
しかし今回は俺一人で歩いている。
上機嫌に、軽やかな足取りで。
―――そんなふりをしてみる。
いる、すぐ後ろに。
雨が。夜が。
濃い気配が確実にゆっくりと近づいてくる。
耐えろ、十分に引き付けろ。
じんわりと手のひらに汗の感触……。
―――今。
あっという間に後ろにいるソレから大股一歩分距離を取りつつ振り返る。
懐から取り出した淡く光る刺股のような形状の物体でソレを捕らえ、そのまま横の壁に押し付けて動きを止める。
「フッ、ようやく私の出番が来たか!」
そこにすかさず酔っぱらい……失敬、凛さんが廊下の手すりの外から飛び出してくる。
隠れる場所は本番までのお楽しみとのことだったが、
「流石にそこはなくないですか」
「常に命懸けなのだよ、この仕事は」
すまし顔でかっこいい事を言っているように見えますが、これは犯罪者のセリフです。
「ドヤ顔してないで早くしてください、その仕事とやらを」
「まかせなさい」
そう言って手に持つ空の一升瓶の側面に乱雑に札をはり、その瓶の口を押し付けられてもなお抵抗しようと暴れるソレに向けて突き付けた。
するとソレは湯船の栓が抜かれて排水口へ落ちる水のように抵抗虚しくゆっくりと同じ勢いで一升瓶へと吸い込まれていく。
そして全て吸い込み終わった後、一升瓶の蓋を固く締めた。
これにて封印完了。
しばらくしてみると瓶の上の円錐になっている部分に顔が現れた。
青年とは言えない顔つきからおそらく三十代後半辺りであろう、黒縁メガネに憂いを帯びた優しい顔をしていた。
それはまるで渋めの焼酎のマスコットキャラクタの様だと俺は思った。
そいつに対して同じ黒縁メガネの凛さんが顔に繕った微笑みを貼り付けて問う。
「お前はどうして罪無き人間を殺めるような真似をする?」
とんでもない投稿頻度なのは重々承知しております。
どうかあと3,4話、最後までお付き合いして頂けると嬉しいです。