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女神と春時雨  作者: 阿多間伊太
2/7

女神の仮定

「はぁ、はぁ、はぁ、やっと……、着きました……、ね」

「三十分歩いただけでもうそれか?若さも大したことないようだな」


俺と凛さんは、事件現場の前にいる。

今ここに来たのは現場の偵察と周辺情報の収集のため。

本番は夜、幽霊の現れる時間だ。

現場になったのは丁度一年前に建てられたばかりのマンション。

黒を貴重とした外装デザインや手前にある背が低く枝の細い植木がモダンな雰囲気を漂わせている。

被害者はこのマンションに住んでいた一人の男。

奥さんと娘を一人持ち、近隣住民とのトラブルもなく人間関係は良好。

四階からの転落による死亡事故とされているがそこにははっきりと幽霊の気配が残されていたという。


「それにしてもどうしてこんな真新しいマンションで怪奇事件なんか……」

「今からそれを調べに行くのだよ」


すると突然ロビーの自動ドアが開き、中から刑事然とした威厳のある男が出てきた。

そして口を開き、


「リンちゃん待った〜?」

「そんなことないですよ、山下さん。今来たところです」

「いやー、それにしてもほんっと久しぶりだねー……」


山下さん……。

言うなれば90年代のロール・プレイング・ゲームに出てくる魔王のような、または岩の擬人化とでも言えるような男が、高校の同級生に久しぶりに会いでもしたかのような砕けた態度で凛さんと話している。

人を見た目で判断してはいけないとはよく言えたものだ。

それとも親しい人にだけあれなのか。

凛さんも凛さんで表情は薄いものの彼の話を適当に聞き流している風には見えない。

彼と凛さんの間にはどういう接点があるのだろうか。


「……ところでリンちゃん、横にいらっしゃるのは……?」

「彼ですか。まぁ、気にしないで下さい。私の助手です」


そう言って俺の肩をポンポンと叩く。

いや助手になんてなった覚えないんですけど。

と言いかけ、凛さんの無表情の中に隠された何かメッセージの込められた瞳がこちらに向けられている事に気付き、留まる。


「奥村陸です。宜しくお願いします。凛さんにはいつもお世話になっております」

「陸くんか、よろしくね。私は山下俊介、この辺の警察署で警部をやっている。リンちゃんにはいつもこの手の事件を手伝ってもらっててね。こちらこそお世話になりっぱなしだよ」

「いえ、そんな身に余るお言葉。私も好きでやってますから」


山下さんの言葉に凛さんは淡々と真顔でそう言った。


「さ、お互い自己紹介も済ませたことですし早く行きましょう」


そう言ってロビーの方向へとしっかりとした足取りで歩き出す。


それにしても仕事柄とはいえ警部とあの仲というのは、凛さんの人脈には謎が多い。

そういえばこの間も目標にしている小説家の話をしたら「あぁ、あいつか」とか言いながらその人とのツーショット写真を見せられた。


「どうした、陸くん。リンちゃんもう先行っちゃったよ」


山下さんの言葉に我に返る。


「凛さんって、不思議な人ですね」


気づくとそんな言葉が漏れ出ていた。


「そうだね。それに、賢い子だ」


・・・・・・・・・・


ここは事件現場である4階の廊下。


「うっ、これはまたしっかりと霊の気配が……」


凛さんが目を細めてこめかみを押さえながら言う。


「そう、ですね……」


かく言う自分もだったのだが。


霊感がある者にとって霊の気配とは金属を何か他の硬いもので擦ったときに出るような甲高く、頭に響くような音だ。

怪奇事件の現場の周辺では必ずその音が鳴る。

だから怪奇事件かそうでないかを見極める一つの判断材料にもなる。


「私は、もうそろそろ大丈夫になって来たようだが、君はどうだね」

「はい、俺も大丈夫です」


音に耳がなれてきた頃、ようやく捜査が始まる。

捜査はそれからマンションの住民への聞き込みや状況の確認などで2,3時間くらい続いた。


その帰り道。


「君は先に戻りたまえ。私は少し寄りたいところがあってね」

「いえ、俺も行きますよ。家帰ってもどうせ暇なんで」


新しい小説も書かないとだがまだ上手く文がまとめられていない。

もう少し時間が欲しかった。


「だから君はこれから授業だろう」

「あ……」

「もしやとは思うが忘れていたな。まあ、そんなこの世の終わりみたいな顔なんかしていないで。切り替えて頑張りたまえ」

「はい……」


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