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女神と春時雨  作者: 阿多間伊太
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女神の隣人

運営企画の「春の推理」と兼ねて応募ってできるんですかね。

―――止まない雨はない、明けない夜はない、だが逆もまた然り。


街灯に照らされながら、人影のない薄暗い夜道を軽やかな足取りで歩くこの男は正に今幸せの絶頂の最中だった。

今日は愛する一人娘の誕生日。

仕事を普段より早めに切り上げ、誕生日ケーキの入った紙袋を片手に足早に家路を辿る。


その時、足元を何かに掬われた。

そう感じた頃には既に身体は車道に投げ出されていた。

タイミング悪く迫るライトが男とその周りを照らす。

うつ伏せに倒れる身体は迫りくるそれとの衝突を免れることはできないだろう。


運が悪かった。


そう心の中で決めつけようとした。

しかし、男が聞いたのは確かな金属音だった……。


・・・・・・・・・・


―――郊外の団地の一角、十五畳半の部屋の隅、シングルベッドの上。


奥村陸(おくむらりく)は寝覚めて間もないだるい上半身をのっそりと起こす。

横ではデジタル時計の数字が6:30を示していた。


ベッドから降り、窓のカーテンを開け外を見る。

視界の殆どを埋め尽くしたのはなんの変哲もない閑静な住宅街。

足元には横に一本小道が通っており、遠くには目を凝らすと学校や行きつけのスーパーの看板が頭をのぞかせている。

いつもの光景だ。


一つ違うところがあるとすれば空を覆い尽くす厚い雲が先週から一日も休むことなく雨を降らせ続けていることだろうか。

街路樹の葉から滴り落ちる水滴に、通行人のさすビニール傘に、そこはかとなく梅雨らしさを感じた。


眠気覚ましに洗面所へ向かい顔に冷たい水を浴びる。

朝食は食パンとヨーグルトで適当に済ます。

アツアツのインスタントコーヒーをちびちびと啜りながら猫舌の陸はノートパソコンを前に今日も作業に取り掛かる。


俺の夢は小説家になることだ。

そのためにこうして大学生活の合間に小説投稿サイトに自分の文章を投稿し日々己の腕を磨いている。

今日の目標は午後の授業までに新作の冒頭部分までを書き終えること。


「しっ、やるぞ」


伸びを一つ、執筆を(はじ)めようとしたその時だった。


―――ゴンゴンゴン


アルミの扉に拳を叩きつける音が等間隔で三度、鳴り響く。

来客だ。

相手は容易に想像がつく。

ノートパソコンを閉じ、玄関へと向かう。

はねた髪を軽く押さえ身なりを気持ち整えつつ鍵を開け取手を持ち扉をゆっくりと開ける。


「だからいつも言ってるじゃないですか、そんなに強く叩かなくても聞こえてますって……」

「ああ、すまない。そんなことより入ったぞ、依頼」


想像通りそこには女が一人。

いたずらっ子のように大きく深く澄んだ黒目で、黒縁メガネのレンズ越しに流し目で、腕を組みつつこちらを見据えていた。


彼女は雨宮凛(あまみやりん)

丁度先々月隣の部屋に引っ越してきた。


その肌は雪景色をそのまま切り取って貼り付けたかのように白く透明感があり、輪郭線は柔らかくもスッキリとした曲線を描いている。

小さな鼻には幼さが残るが、切れ長のつり目は知的でクールな印象を与える。

そして左の頬骨の上にまるで目や鼻などと同じくあたかも自分が顔に必要なパーツの一つであると主張するかのような完璧さで存在している泣きぼくろ。

青みがかった艶を帯びる黒髪は肩甲骨まで真っ直ぐに伸び、170センチ前後はあろう縦にスラリと長く細身の身体には彼女いわく父親のお下がりらしい少しサイズの合わないトレンチコートを羽織っている。


彼女は探偵である。

主に扱うのは怪奇事件。幽霊によるものだ。

理由(わけ)あって俺はその手伝いをしている。


「またですか。最近多いですね、依頼」

「うむ、そうだな。全く探偵業も楽じゃないよ」


そう言ってメガネに手をかけながらため息を一つ。

 

「そんなご多忙な名探偵様を待たせているのだから早く準備したまえ」

「自分で言いますか」


自分の悩み事をそんなことで済まされた事に少々不満を抱きつつも支度のために渋々部屋へと戻る。


全く馬鹿らしい話であることは重々承知だ。

幽霊なんて存在しない。

俺だって最初はそう思っていた。

だが、初めて彼女の任務に同行したあの日見てしまったのだ。

幽霊は存在した。

そして少なからず人々に危害を及ぼしている。

なのに何故俺達はその事実に怯える事なく生活ができているのか。

それは彼女を始めとした人間が幽霊による事件を解決するだけでなく、それらを偶発的な事故にすり替えているからである。

今あるこの平穏も彼女たちの努力の下に成り立っているのだ。


クローゼットからクリーム色のパーカーと足回りの機動性を重視した黒のテーパードパンツを引っ張り出し、着替える。

予め用意しておいた必要な用具一式が入っているリュックを肩にかけ、そのまま洗面所で寝癖直しついでに軽く髪型も整える。

再び玄関へと向かい、扉を開け、靴を履きながらそこで待つ彼女に問う。


「そういえばさっきから思ってたんですけど何ですか、その手に持ってるやつ」

「見てわからないのか。相棒だよ」


そう言って焼酎の一升瓶を掲げて見せつけてきた。


「いやそういう意味じゃなくて。なんか前よりでかくなってません?」

「細かいことは気にしない性格なのでね」


廊下を階段の方へと歩いていく。

その後を、靴を履き終えた俺は小走りでついていった。

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