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6.部屋と魔法とワタシ

 クロと一旦別れ、アカとアオとスケールくんを連れて城の上階に貰った部屋へ向かう。重い鉄扉を必死に開けた先には、石造りで何も無い少し広めの空間が広がっていた。自由に改装して良いとは言われたがどうしろというのか。

 マシロがしばらくペタペタと壁を触っていると、服の裾を引っ張られる。視線を落とすと、アカが四ツ爪の一本を自分自身に向けながら何かを訴えていた。身体を得てもアカとアオの言葉は解らないままだったが、頑張って伝えようとしてくれている姿を見るだけでも癒される。


「どうしたの?」


 しゃがんで目線を合わせて話しかけると、今度は床をペシペシと叩きだす。そしてその手がほんのり光ると、その光が波紋のように床一面に広がっていった。

 光が通り抜ける先から石畳が一面の赤に変わる。驚いて触れてみると絨毯のようであった。毛の柔らかさがあるが、軽く叩いてみると元の石の硬さは感じられる。


「アカ、マホウ、カエル、テツダウ」


「え?アカ?」


 突然聞こえてきた言葉に驚いてアカを見つめると、首を横に振られた。次にアオを見る。同じく首を振る。あとは……


「ワタシ」


 振り返るとスケールくんがポーズを決めながらそこに居た。妙に可愛い声なのは何故なのか。


「喋れたのか……というか、アカとアオの言葉わかるの?」


「ワカル、クロ、クレタ」


「クロに翻訳機能を付けて貰ったということ?だったら私に直接付けてくれてもいいのに」


「ソレ、ダメ。ワタシ、トクベツ」


 良く解らないが駄目な理由があるらしい。翻訳機能まで付けてくれるならもう少し小さくて可愛い生物を創ったのに、とか言いかけて飲み込む。

 片言ではあったが簡単に説明して貰うと、アカは生活する上で良く使うような魔法が、アオは戦闘系の魔法が得意らしい。改装を手伝う為に部屋までついてきてくれたようだ。


「えーと、じゃあ床と壁を木目に……木を板にして貼り付けた感じに出来るかな?」


 アカにお願いしてみると一度小さく頷いて再び床に手を付ける。そして光の波紋が走り抜けると一気に内装が変化していった。

 柾目で揃えられた床と天井は美しく、壁は板目で縦に流れている。言葉でざっくりと説明しただけなのに、予想以上に地球で作られる内装に近い。思わず呆けてしまった。


「アカ、チキュウ、ワカル、ツクレル」


「地球の建築知ってるの?!」


 つい大声を上げてしまって慌てて口を押さえる。特に驚いた様子もなく、アカが頷いた。


「アカ、ワカル。テツダウ。アオ、ワカラナイ。テツダウ」


 そういえば過去に三人、地球からの夢幻者が居るといっていた。もしかしたらその三人から何かを学んだり、手伝ったりしたことがあるのかもしれない。

 この世界で過ごす部屋に快適さは期待していなかったが、一転して心が躍りだした。ある程度は異世界の習慣や様式を受け入れる覚悟はしても、居住空間だけは慣れたものの方が安心して過ごせる。睡眠や疲労とは無縁の人形の身体にした理由も、生活環境への不安があったのも大きかったのだ。


「次は……えっとこれくらいの……説明が難しいな。クロみたいにイメージを直接伝えられたり絵が描けたり出来ればいいんだけど」


 奥の壁に向かって腕をいっぱいに広げて窓の大きさを伝えようとするが、元の身体が小さいので伝え難い。スケールくんにお願いしてみようかと振り返ると


「カミ、アル、ツカウ」


「え?」


 平らになっているモデル人形の手のひらをカチリと合わせ、そして広げるとそこに紙の束とペンが現れた。生物の骨で作られているペンは昔のスタイラスに近い形状で、中にインクが入っているようだ。


「……スケールくん?」


「アルモノ、ダセル。ナイモノ、ダセナイ。アズカル、デキル」


 要約するとクロの認可にあってこの城にある物は出せて、この城に存在していない物は出せない。預かることも出来るらしい。

 スケールくんを無駄にチートにしないで欲しい……いや、役立つのだが。何故その機能を私に直接くれないのか。それも駄目なのだろうか。色々叶えてはくれるが意外と制約はあるのかもしれない。


 ひとまず紙とペンを受け取り、床に広げて書いてみた。書き心地が良いとはいえないが、悪すぎるということはない。人並み以上には絵が描けるので、絵で伝えた方が解りやすいだろう。

 まずは奥の壁に作る窓と、外に通じる扉、それと広くて丈夫なバルコニーをデザインして描いていく。ベランダと悩んだが、外を飛行型生物が往来しているので屋根は無い方がいい。


「窓を作るために壁に穴を開けるのは……出来る?」


 確認してから描き始めれば良かったのだが、喜び勇んでつい先走ってしまった。恐る恐るアカに尋ねると、アカではなくアオが頷いた。紙に描かれた設計図を眺めたあと、奥の壁に向き合う。

 壁から少し離れたところから両手で四角く空を切ると、壁に同じように光が走る。そしてその光に包まれたまま四角の部分が外にすーっと抜けていき、空中で崩れて消えていった。

 窓の左側に扉用の穴も開けていく。開けたところからアカが木目に合わせて窓を整えていった。アオはそのまま外に出て、今度は石を生み出すとバルコニーを形成し始めた。

 万が一にも強風で揺れないように、下の空間も湾曲に詰めておいたデザインそのままだ。

 壁の厚みは40cmはあっただろう。砥がれた包丁で豆腐を処理するかの如く、するりと抵抗なく切られていた。

 アオは戦闘系魔法が得意といっていたがこれもその一部なのだろうか。こんな魔法が普通に存在する世界なのかと、改めて異世界であることを実感する。


 あっという間に奥の壁側が完成していた。窓は腰窓にしてあり、手前に机を置く予定だ。机に座りながら目の前のバルコニーを往来する飛行型生物を眺めることが出来るだろう。


「大丈夫?一旦休憩する?」


 アカとアオに確認すると、二匹は小さく首を振った。ついでにスケールくんも首を振った。モデル人形にも疲れは存在するのだろうか、と心の中で首を傾げてしまった。


 出来ることが解ればあとは早かった。


 入口にあった味気ない鉄扉も、内側からの見た目だけは木製に変えた。城の中を生物が自由に出歩いているならば、扉は頑丈なままがいいだろう。

 家具は過去に居た地球の夢幻者が使っていたものを譲り受け、作り直していった。

 クッションなど柔らかいものは1から魔法で創り出すとなると、相当疲れるのだそうだ。柔らかさの感覚が違うかららしい。石ですら柔らかいと思っている者から作られる綿は石のように硬い、という感じだ。

 使えるものは使おうと、希望に近いものが既にあった場合はスケールくんに取り出して貰っていった。

 人形の身体なので睡眠を取る必要は無いのだが、無性に寝転びたいだけの時もあるのでベッドも置いておく。あとは二人掛けソファーとテーブル。

 そして埋め込み式の本棚。収められているのは物語が綴られた本などではなく、この世界で創られた様々な生物の設計資料集が作者ごとに分けられたものだ。本の厚みはまばらで、夢幻者によっては何冊にもなっている。ここにあるのはほんの一部でしかないが、眺めるだけでも楽しい。きちんとクロの許可もとっておいたので問題は無い。


 簡素ながらも悪く無い部屋になったところで終了しておく。凝り出すとキリがないからだ。

 それにずっと魔法を使い続けてくれたアカに、流石に疲れが見えたというのもあった。今はソファーにアオと並んで座り、眠っている。起きたらお礼を言わなくては。

 スケールくんもそれに気づいてなのかそっと部屋を出て行った。モデル人形であるがゆえに、動くとカチャカチャ音がしてしまうのだ。それを知っているのか邪魔になりそうな時はピタリと動きを止めてくれていた。ちなみに踊っている間はその身体の音をカスタネットのように鳴らしているため、踊りの邪魔にはなっていない。無駄な機能は省いたはずなのに、無駄にハイスペックなモデル人形となってしまっている。解せぬ。





 アカを起こさないように、マシロは静かに窓辺の机へ向かった。広めの机の上には既に紙束とペンが用意されている。スケールくんの有能さに軽く頭を抱えてしまった……。


「まずは私が覚えている限りの魔物の種類を整理しておこう」


 人間視点での魔物の存在は試練か畏怖かで分類されているという。雑魚からボスや伝説級まで、思いつく限りの種族名を書いていった。神話まで全て覚えている訳では無いが、それでも軽く数百種を超える。

 基本として地球で生まれた魔物の姿というのは、身近に存在するものの異形である。知っている存在の変貌による恐怖が原点となっている。自然そのものから蟲や動植物、機械類や人形、それこそ筆記道具や家なんかも魔物化して存在していた。見えない恐怖にも姿を与えて、その恐怖を緩和するというのもざらである。


 蜥蜴としての竜か蛇としての龍かで別種ではあるが、大まかな括りとしてドラゴンとして置いておく。

 触手も触角か植物かで違うし、性別によって名前が変わるものも一旦それぞれを同じ括りとして分けていく。妖精などは国によって名前が違うので眠りの妖精などの属性別で括りにしておいた。

 キキーモラのように伝承によって姿が違うものは別枠として避けておく。

 時代によって派生や複合型が増えており、大まかな括りで分けたとしてもそれぞれの境界が酷く曖昧になってしまっている。


 次にそれぞれの括りの特徴を書いていく。四足歩行・有翼・嘴……ドラゴンのように時代によって火を噴くようになった後天性の特徴が生じた種類はそれも記載していった。


「そういえば人型は需要少ないと言ってたけれど、エルフとかドワーフみたいな人間に近いのも需要は無い感じかな」


 セルキーのような所謂着ぐるみのような種族はあまり見かけないので、それは需要があるかもしれない。

 記憶と知識の整理をしながら箇条書きしていく。間違えていたとしてもこちらの世界からは調べることが出来ない。むしろ間違えて覚えていた方が独創性は生まれるかもしれない。


「見た目より、用途から考えていった方が思いつきやすいかな」


 ペンをくるりと回し、新しい紙を用意したところで後ろから音がした。

 振り返るとアオがソファーから降り、扉の方をジッと見ていた。いまだ寝ているアカを庇っているようにも見える。

 どうしたのかとアオの名前を呼ぼうとしたところで、扉を叩く音が聞こえてきた。


 反射的に返事をしかけて、止まる。


 クロは幻体で現れるのでわざわざ扉を叩く必要は無い。

 スケールくんも呼ばない限りはアカを起こすような行動は取らないだろう。

 私がこの部屋を貰ったのはつい先刻であり、それまでは誰の部屋でもなかった。

 ノックをしたということは、ここに誰かが居ると知ってて尋ねたということだ。


 アオの様子を伺いながら返事を躊躇っていたら、突然大きな音と共に扉が勢いよく開かれた。


「やぁやぁやぁ!邪魔をするよ!」


 高らかににこやかに部屋に入ってきた見慣れぬ美形は、次の瞬間、アオに全力で部屋から叩き出されていた。

 開閉音以上の轟音と共に、廊下を挟んだ反対側の壁にめり込んでいるのが見えた。


『返事を待てと言ったのだが、すまない』


 ふわり、とクロが球体の姿で現れたと同時に、強張っていた身体から力が抜けていく。どうやらクロの紹介によるお客らしい。クロが慌ててはいないので、客人の安否は多分大丈夫なのだろう。

 安心したところでアカへ視線を移すと、少し青みがかった膜で包まれてすやすやと寝たままだった。防音機能でもあるのだろうか。アオも寝たままのアカを確認し、安心したのか再び隣に座り直していた。

 どうやらアオはアカに対してかなり過保護なのかもしれない。


 和やかな二匹の姿とは対照的に、瓦礫に埋っているお客人はスケールくんに掘り起こされている最中だった。

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