5.踊る人形
やたらとキレの良い軽快な踊りが大変素晴らしい南アジアの娯楽映画。一昔前に動画でも流行っており、あれが鮮明に記憶に残っていた。それが良かったのか悪かったのか、緩急よろしくしなやかに踊るモデル人形が目の前に居る。
【測量系人型・スケールくん】
身長:180cm(掌:20cm・座高90cm・裄丈:70cm・足裏:30cm)
半透明化可能。歩幅ではなく腰の中心を基点として移動距離測定機能付き。
足や手を添えたり腕を延ばしたりするだけの自然な動きで、対象の大まかな測定が可能。
そこに存在するだけで対象に気取られること無く測定が出来るという人形である。測る時に身体が邪魔にならないように半透明機能付きにしてある。動きの煩さはともかく、一般的な地球人との比較用としては十分。無駄に多機能である必要は無い。
その上で改めて部屋の中を見ると、スケールくんの大きさからしても明らかに広い室内なのが明確に解る。
アカとアオは身長110cmほどで、人間でいえば小さなお子様くらい。クロとマシロは直径10cmほどの球体である。
スケールくんを伴えば、どこに行ってもこの世界のサイズ感がある程度は理解出来るだろう。一体目にしては有用な子が創れたのでは?と自己満足に浸っていたら
『地球の単位で知りたかったのなら、数値を表示出来るが』
と、一瞬ののちに床の石一つの辺の長さから、天井までの高さ、部屋の面積に至るまで目の前に数値を可視化されてしまった……。
魔法って便利だなーとか。
そういうことが出来るなら早く言ってよ!とか。
創る前に必要かの確認すべきだったか、とか。
色々と複雑な心情に襲われ、脱力する。アカとアオの視線が少し痛い。
ちなみにその後の城の案内には勿論スケールくんを連れて行った。意地になった訳では無い。踊りが物珍しいのか、意外にもクロが率先して連れ歩き始めたのだ。
城自体は古城の様でいて、石が欠けていたりなどの古さは感じない。窓はガラスではなく透明な膜のようなもので、触るとへこむが簡単に破けそうにない。
西洋の城とも違い、蓮の華のように上方へ広がった形で、塔が何本も連なったような集合体であり、外側に数多の湾曲した通路が見える。外側の塔からは水が流れ落ちている個所もあり、下の森へ河を形成していた。そして地球の城より遥かに広大であった。
大小様々な生物に対応しているのだろう。通路は高く広かったが、部屋の大きさは一番小さいものなら蟻ほどのものから存在していた。
そして、城の中の至る所で未知の生物とすれ違う。
地球の空想上でも良く見る形のものから、表現し難い形状のもの、城の一部そのものが生物だったものまで存在していた。
出会う度にスケールくんがキレ良く踊りながら近づき、横並びにポーズを取りながら測定していく姿はシュールではあったが、恐怖心が和らいだ効果もあったので良しとする。
そう、ただひたすらに怖かった。
身体を得た後だったならば、呼吸する事さえも上手く出来なかっただろう。
恐らくアカに抱えられた状態でなければ、マシロは恐怖心でパニックになり球体のまま外に飛び出してしまっていた。クロに造形された生物は全てクロの管理下にある。その絶対的な安心感だけで意識を保っているに等しい。
そして、圧倒された。
自分の理解及び想像の外にいる造形の数々に、恐怖以上の感動を覚えた。全てが生きた作品であり、城そのものが美術館のようなものだ。
生物への恐怖心が好奇心を経て、自分がどれほどのものを生み出せるかという恐怖へと塗り替わるまで時間はかからなかった。
中には可愛らしい造形の生物もいた。花や妖精のような美しい見た目で大変可愛らしい。が、その見た目を利用した生物としての機能はえげつないものが多かった。
スライムという名前で良いのかは解らないが、スライムもいた。ファンタジー作品初期のヘドロ状のものから、近年増えてきた饅頭型、核が存在するタイプも居た。
アカやアオとは違う、きちんと耳の長い二足歩行の兎もいた。が、兎型モンスターの元祖ともいうべき「円卓殺しの首狩り兎」を思い出してしまい、どんな生物よりも1番恐怖を感じてしまっていた……。無意識に首を触っていたほどに。
城の周辺までも含めて2時間ほど見て廻り、元の広場に戻ってきた。この世界の雰囲気というかそういうのは掴めたと思う。球体のままだが、思いっきり深呼吸をして考えを落ち着かせる。
「よし、じゃあクロ。作成をお願い出来るかな」
『解った。では入るべき身体の造形を思い浮かべてくれ』
スケールくんを創った時と同じように、クロがマシロに触れる。今度は踊らせないように注意しながら設計だけを思い浮かべた。スケールくんは邪魔にならないようになのか、踊りを止めてアカとアオと共に見守ってくれていた。存外良い子らしい。
創られたのは人型。
だが、造形としては人形である。見た目は人間そのものだが人形ゆえに血管が無い。
動物系や飛行系も考えたが、転生や転移ではなく脳だけ地球の身体と繋がってる状態において、人間以外の造形でまともに動けるかが解らなかったからだ。地球の脳科学の知識がどこまで通じるのかは解らないが、流石に自分の使う身体で実験と冒険はしたくない。
髪は暗めのオリーブアッシュで両サイドが少し長めの短髪。目は朱の入ったグレー。見た目だけなら15歳前後だろうか。
実際の日本人の見た目からは切り離して造形した。若さと顔のつくりは願望がかなり反映されている。視点が変わると距離感が狂うので、身長は150cmと地球の身体と同じにしてある。
いつか帰ることまで考えると、こちらの世界にあまり馴染み過ぎないように、そして不便が無いようにした結果が本体と同サイズの人形という訳だ。
性別は無い。胸も下もない。服は動きやすいように簡素にしてある。というか服も一緒に造形出来たことに驚いた。生物よろしく全裸だと覚悟していたのだが、羽毛と同じ要領らしい。どういうことだ……。
人形で筋肉も無いので肩も凝らないし、疲れもない。食事は出来るように心臓辺りにある核に吸収出来るようにした。片頭痛で悩むこともないし、肌の衰えもない。
これで保護下にある限り死ぬことはないというならば、戦闘力や知識が無くとも存在自体がチートなのではないだろうか。
両手を何度か開いたり閉じたりしてみた。瞬き、首の運動、腕の回転、屈伸……準備体操をするかのように体の動きを順番に確認していく。
『問題はないか?』
「うん、ありがとう」
きちんと口が動いて声が出ることに妙に感動してしまった。マシロが入っていた球体は白に戻り、今もアカが大事そうに抱えている。
クロと二匹にお礼を言い、改めて自分の腕を見る。皮膚は人間とほぼ同じ感じなのか、摘まめるし少し伸びる。曲がる部分には皺もある。骨に近いものは入ってるが筋肉は無い。
血管の有無にさえ気づかなければ生身の人間に近いだろう。
「凄いね。ここまで違和感無いとは思ってなかったよ」
『そうか。設計が細かかったからだろう。その分、こちらも造形しやすい』
注文が多すぎたかと思ったが、細かいほどクロにとっては楽らしい。立体にした時に繋がりの怪しい関節などが生じやすく、造形上無理がないように設計し直すことも多々あるとか。
瞬時に造形するから簡単に見えていたが、相応の苦労はしているようだった。
スケールくんをちらりと見やる。完成を祝してか再びキレ良く踊りだしていた。それを横目に、アオがアカを引っ張りながら少しずつ離れて行くのが見えた。
設計する時は無駄な程に細かく書いておこう。でも、躍らせるのは無しで。ひっそりと心の中で誓っておいた。