1.創製する者
白い空間。そして白い球体が収まっている八つの台座。円形に陣するそれらの中央に浮かぶ黒い玉。
『……繋がったか』
どこからともなく機械音のようでいて不明瞭な少しブレのある音声が響いた。それに反応してなのか、台座の四つの球体が明滅し各々に色づいてゆく。残り三つは白いまま沈黙していた。反応はない。
周囲の反応を眺めながら、ふと視点を下げると自分の下には同じような台座が見えた。
……これは、私も球体の一つという事だろうか?
『私の言葉はそれぞれの言語に合わせて伝わるようになっている。そちらも気にせず自らの言葉で話して貰って構わない。言語の無いものは思念として伝えてくれれば良い』
明滅はしていないが、言葉に合わせて黒い玉に紫や赤の色が薄く走っているのが見てとれた。恐らく中央にいる黒い玉が発した言葉なのだろう。
その言葉を受けてなのか、周りから鳴き声のようなものや電子音のようなもの、薄く風を切るような音が各々明滅しながら飛び交いだす。先程の言い方と流れからしてこれが周りの白い玉の言葉……なのだろう。少なくとも日本語どころか知っている言葉ではない。言葉なのかも判らない。
周りの喧騒に反して、私自身は酷く冷静になれていた。恐怖はあるが、自分も含めて全員が球体で動くことが出来ないという事実にむしろ安心している。激しく明滅している球体の様子を伺いながら、ゆっくりと自分の行動を思い返す。いつも通り、明日に備えてベッドに潜り込んだことは覚えている。身体に不調も無かった。戸締りもしたし、特に恨みを買った覚えもない。あとは……あり得るとすればこれは夢だろうか?金縛り状態で夢をみたら、こんな夢になるのかもしれない。
『そうだ。これは夢という認識であっている』
タイミング良く、こちらの思考を読んだかのように答えが返ってきた。夢の中で夢だと言われるのは初めての経験である。手が無いので、頬を抓ることも出来ない。いや、夢の中で頬を抓っても意味はないのだが。
『ここから帰りたいと願えばすぐにそれぞれの星に、肉体に戻り目が覚めるだけだ。話を聞きたいと思う者だけ残ってくれれば良い。長くなるので途中で帰っても構わない。質問も可能な限り答えよう』
……それぞれの星?ということは周りの球体に入っているのは宇宙人?もしも人ならば、宇宙人というよりは異世界人ということだろうか。いや、言語からして私が知っている人ではないだろう。姿を見てみたくもあるが、今は興味よりも恐怖が勝っていた。言葉は解らないが、激しい明滅から怒りと困惑が感じ取れるからだ。
暫くして三つの球体が順に沈黙した。そして先程と打って変わって静寂に包まれた。色づいていた球体も元の色であろう白に戻っている。……帰ったのだろうか。確かに話を聞くだけの夢は面白味がないだろう。もしかしたら本当に帰れるか試してしまっただけかもしれない。
残ったのは私ともう一つ。
その一つがゆっくりと明滅しだしたので、もしかしたら黒い玉に話しかけているのだろうか?
『そうだな。では順番に話そう。目が覚めたらここでのことは全て忘れる。残らずに話だけ聞くというのならば深刻に考えなくても良い』
やはり話しかけていたようだ。私には聞きとれない言語なのだろうか。いや言語が無ければ思念でとも言っていたので、言葉自体が無い生物なのかもしれない。
とすれば聞こえている日本語はわざわざ私の為に言葉にしてくれているということだ。恐らく言葉遣いも勝手に変換されて聞こえているのだろう。端的だが内容は強制的ではない。こちらの意思を尊重してくれているように感じる。安心は出来ないが不快感は無かった。
話を聞くだけでも良いなら、聞いてから考えるのも有りかもしれない。最後まで聞いたら戻れない、などというオチではないことを祈るが。
『最後まで聞いてからでも帰るのは自由だ。聞いた上でこの星に残る選択をしたとしても、希望があればいつでも帰すことが出来る。ただここでの会話も含め、こちらの世界の記憶までは持ち帰ることは出来ない。繋がった刻のままで目覚めるため、こちらで過ごした時間の分だけ記憶に齟齬が生じ、本来の身体に影響が出てしまうからだ』
……こちらでどれだけ時間が経とうとも、目が覚めるのは夢を見始めた時間になるようだ。地球とは違う時間軸なのだろうか。いや、他の球体がさらに別の星から来ているなら、全員を同じ刻に帰せるとは言わない。時間そのものの概念からして違うのかもしれない。
さてどうしようか。いつでも帰れるのなら話だけ聞くのに損は無い。騙されているとしても球体の状態では元より何もできない。そもそも酷い目に合わせたりするのが目的ならば、説明も会話もする必要が無いし、今頃この球体は粉々にでもされている。
ならば一旦話を聞いてみようか。これが単なる夢ならばいつも通り目が覚めるだけだ。
……ところで私は一度も話しかけていないのだが、正確に返答がきている……。ということはこの思考が勝手に伝わっているということになるんだが……煩かったりしますか?
『問題ない。いつでも好きに質問してくれて構わない。話の流れで即答が出来ないこともあるとは理解していて欲しい』
大丈夫らしい。私は話途中でも内容を整理するために黙って考え込んでしまう癖があるので、煩いとは思いますがあまり気にしないで欲しいです。
『では、まずはこの星のこと。そしてなぜ君達をここへ繋げたかの話をしよう』