09 決意
私の話を聞きながら紡いだ糸をお婆さんが織っていく。
もちろん、まだはじめたばかり。
ほんのさわり部分だけ。それでもわかる。
お婆さんが言ったのは《こういう》ことだったのか。
目にしてようやく理解できた。
お婆さんの手によって、私の話を聞きながら紡いだ糸が織られていく。
私が話した、私の生きた記憶が形になっていく。
《見える》わけではない。《聞こえる》わけでもない。
ただ、感じる。
―――《これ》は私の記憶だと。
目が離せなかった。
私はお婆さんが織っている手元を見たまま聞く。
「お婆さん……本当は何者なのですか」
「私は占い師だよ」
「それは嘘でしょう?こんなことができるなんて……それに結界も……。
お婆さんは……もしかしたら魔女ですか?」
「そう呼ばれたこともあったねえ」
お婆さんが笑った。
「占い師、魔女、巫女。その時々に、色々な名で呼ばれたよ。でも私は私。
そこはお前さんと似ているのかもしれないね」
「その時々……」
その可能性に気づく。
「もしかしたら……お婆さんも《竜》ですか」
「やっと気づいたのかい」
お婆さんはまた笑った。
「そうさ、私も《竜》」
「お婆さんも……。じゃあ、クルスさんも《竜》ですか」
「そうだよ。あれは《竜気》を持たない《竜》」
「《竜気》を……持たない?」
「そう。《竜気》は《竜》の……まあ、香りみたいなものだ。
クルスにはそれがない。
だからクルスはこの家――《結界》から出入りしても王子に気付かれない。
まあ転生を繰り返した《竜王》――王子に《番》であるお前さん以外の《竜気》が読めるかどうかはわからないけれどね。
用心のため、使いはクルスに頼んでいるのさ」
「《竜気》を持たない《竜》だから……」
「そうだよ。珍しいんだ、クルスみたいなのは。
《竜気》を持たないだけで、普通の《竜》となんら変わりはないんだけどね。
ああ、あと――《感情がない》と言われているよ」
「感情が……ない?」
「王子がクルスを見つけられないように、《竜気》のないクルスは他の《竜》にも見つからない。
そしてクルスも《見つけられない》んだよ。
《竜》を見つけるのに必要な《竜気》がないからね。
―――つまり《番》を探せないんだ。
《番》なしで、それでも生きる。生きられる。
それは《感情がない》からだ、と言うわけさ。
……本当かどうかは怪しいものだが……」
お婆さんはくく、と笑った。
「……お婆さんは……《結界》から出ない。つまり《竜気》があるんですね?」
「ああ、あるよ。ただし、私も《普通》じゃあない。竜になれない竜だからね」
「竜になれない?」
「人の姿しかとれないんだよ。生まれた時からね。占いも結界も。
そして《この力》もその反動のようなものだね」
そう言ったお婆さんが織っていくのは私の記憶。
ひとつの織物になっていく私の数えきれない転生の数々。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
生まれ変わって歩んだ生。
形になっていく《それ》を見て、どれひとつ、同じではないと気がついた。
その時々に、違う名前で呼ばれた《私》。
けれど、どの生でも変わらぬものがある。
私は必死、だった。
私に教養がないからかと教育を受けた。
私に社交性がないからかと話術を学んだ。
私に気品がないからかと礼儀作法を習い。
私の性格が合わないのかと自分を変えようと努力し。
私の評判が良くないからかと常に他人の目を気にし。
《番》なのに
彼に愛されるどころか見てももらえないのは私に原因があるからだと
私が彼に相応しい《番》になればきっと彼は愛してくれるだろうと
どの生でも
私は、必死、だった。
必死に向き合ってきた。
流れる涙を拭わず立つ。
―――会おう
逃げないで
彼に会って、話をしなくては。
私は覚悟を決めた。