06 迷う
―― 「つまり《食いたい》だね。もはや呪いさ」――
頭が真っ白になった。
《番》の最強にして最悪の想い。
それが番う相手と完全にひとつになりたいという想い。
それが―――
――――― 食いたい? ―――――
それが彼の……私に対する《想い》?
ぐらりと視界が揺れた。
床にへたり込む。
心臓が早鐘を打つ。
吐きそうだった。
気持ちが悪い―――
「大丈夫かい?」とお婆さんが私の背中にそっと手をおいた。
「驚いただろうね。当然さ。でも、心配はいらないよ。
その想いも、今ではもう随分と弱くなっているようだからね」
「―――え?」
「数え切れないほどの転生で《竜気》が薄まり《人の魂》に近づいたのだろう。
お前さんの話でも、転生のたびに彼の態度は少しずつ変わってきていただろう?
今世の――今の王子に竜王だった時の、そこまで異常な想いはもうない。
ようやく《まともな》想いを手に入れたんだろうよ。
だからこそ、余計お前さんに執着しているとも言えるのかもしれないがね」
「―――」
「《危なかった》のは今より、《はじまり》の竜だった時なんだよ。
よく、食われなかったね。
確かに《共食い》はご法度だが《番》への想いは強い。
……あの王子の肩を持つわけじゃないが……」
「―――――」
お婆さんは言葉を濁したが、感嘆しているのはわかった。
確かに、私は彼に食べられなかった。
突き放されただけだ。
「これほどつまらない女だとは思わなかった」
と言って。
突き放された、《だけ》なのだろう―――――
あれは私を遠ざけるため?
私を《食べない》ため?
私の……ため?
涙が溢れる。
私の《今まで》を思う。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
繰り返した生。
ひと言で心は砕け
時間がたつほど
心は傷つき
昔のことだと忘れようとしても
ならば変わろうと努力しても
どれだけ時がたとうとも
痛みが軽くなることも
癒えることもなく
どうしたら楽になれるのか考えた日々
彼の舌打ち。冷たい目。
彼と一緒にいた女性からの嘲笑。
見ていたくないのに
目が離せなくて
身体は凍りついたように動かずどこにも行けず
どうしたら……彼から離れられるのか悩んだ日々
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
もう………たくさんだと諦めるほどに
辛く苦しかった日々
王家主催の宴。
断りきれなかったダンスの後。
「君を私の妃にしたいんだ」と少しはにかんで私に言った彼。
一度も女性と仲睦まじくいるところを見たことはない。
一度も私に冷えた目を向けたこともない。
あの言葉を放ったことも、ない。
今までの《彼》とは違った彼―――――
私は……どうすればいいのだろうか……
お婆さんは言った。
「悩むな、とは言わないがね。あまり嘆くんじゃあないよ。
いくら人のそれに近づいてきてはいてもお前さんの魂はまだ《竜》だ。
《竜の嘆き》は不幸を呼ぶ。
その証拠にお前さん、今まで一度もその生を全うしたことはないだろう?」