28 私たちのつながり
「―――クルス?」
考える前に、私はクルスに駆け寄っていた。
添え木された両腕と、手当てのため短く髪を切られた頭には包帯が巻かれている。そしていくつもの赤い切り傷のある顔。打ち身であざだらけだった全身を見る。
「どうしてここに?こんな身体で動くなんて!」
「……ロウが」
「ロウが?」
「……迎えに行けと」
「―――え?」
「……サヤはもう……帰ってくる気がないかもしれない……と……」
「―――――」
「……サヤ……」
「―――――」
言葉が出なかった。
否定できなかった。
《彼》が持つ《私の妖花の竜気が香るストール》の問題を解決しなければならない。
だから今日――今すぐとは考えていなかったけれど。《ストール》の問題が解決したらあの、お婆さんの家を出ようかと思っていたから。
なんて答えようかと考え、はっとする。
そうだ、クルスは全身怪我をしているのだ。
話はあと。
今は早く家に帰ってクルスを休ませなければ。
「クルス。とにかく、帰りましょう?」
「…………」
帰り道はクルスの後ろだ。
私はクルスの向きを変えさせようとクルスに近づき、そっと包帯を巻かれた痛々しい腕に触れた。後ろを向いて欲しかったから。
けれどクルスは動こうとはせず。
ただ、私の肩に頭をのせた。
「…………クルス……?」
どうしたのだろう。
そう思い、クルスをうかがうけれど、俯くクルスの表情はわからない。
と。
ぽつりと、クルスが吐くように言った。
「……怖い……」
「え?」
「何故……どうして……こんな……」
「……クルス?」
「サヤは……俺の《番》じゃない」
「…………」
「サヤはヴィントの《番》だ。一緒にいていいのも。子をなせるのもヴィントのみ。他の奴に。俺に、サヤと一緒にいる資格はない……なのに」
「―――」
「おかしい。怖い。変だ。どうして……こんな……っ」
「―――――」
どくん、と。胸が大きく鼓動した。
私は震える手で胸を抑え、自分を落ち着かせながらゆっくりとクルスに聞いた。
「クルスは。……私と一緒にいたい?」
私の肩に置かれたクルスの頭が、ぴくりと動いた。
ゆっくりと、再び聞く。
「クルスは……私と離れたくない……?」
私の耳に「……ああ」と、小さな吐息のような声が聞こえた。
そして続いたのは
「おかしい。怖い。変だ。どうして……」という啜り泣きのような声。
途端に
世界が変わった。
涙が溢れた。
わかった。
側にいたいと
ただ思うこと。
その感情を何と呼ぶのか
クルスには教えてくれるひとがいなかったのだ。
いいえ。……竜には、わからなかったのかもしれない。
《竜気なし》のクルスの心は。
唯一無二の《番》を持ち
――《番》と番い、子をなす――
それが唯一の生き方である竜には―――――。
その一途な生き方は夢だった。
憧れていた。羨ましかった。妬ましいほどに。
けれど、そんな日々ももう終わり。
私は―――。
心の中には決して消えない《彼》の姿がある。
罪悪感。後ろめたさが胸を刺す。
それでも……旅立つ時。《彼》は私の幸せを願ってくれた。
だから私は前へ進む。
クルスから少し離れた。
クルスは一瞬顔を歪めたけれど。私がポケットから出した物を見ると今度は怪訝な顔をした。
「……それは……?」
「忘れ物よ」と言ってクルスの首にかける。
クルスは首にかけられたペンダントをしばらく見て――思い出したのか、信じられないといわんばかりに目を見開いた。
視線をペンダント、私の髪留め。そして私の顔へと忙しなく移す。
微笑むと、やっと私の言いたいことを察したみたいだ。
戸惑い、狼狽えたように首を横に振った。
「俺はサヤの《番》じゃない」
「そうね」
「俺には《竜気》がない」
「そうね」
「サヤを探せない」
「じゃあ、離れなければいいんじゃない?」
「―――俺は……サヤを守れなかった……」
正直に言って、その言葉の意味は全くわからなかった。
それでも苦痛に歪むクルスの顔を見れば、クルスがどれほど心を痛めて言った言葉なのか、伝わってくる。
私は手を広げクルスを抱きしめた。
「―――いいの。それより、約束してくれる?」
――― これからはずっと一緒にいてくれるって ―――
クルスの温もりに包まれている私の目の前にはペンダントがあった。
わかっている。
これはただの物。
何にもならない
《番の竜気》のように
私たちを結びつけたりしない。
それでも祈る。
私たちを繋いでくれると信じて。
ふと、気づいてクルスに聞いてみた。
「クルス。そういえば私がここにいるとどうしてわかったの?ロウに聞いたの?」
ちらりと私の後ろ――多分、私が先程まで座っていたベンチの後ろの大木を見て、クルスが言った言葉は震えるほど嬉しかった。
「はぐれた時はこの木の下で落ち合おうとサヤが言った」
私たちは
確かな繋がりを築いていける―――。




