05 《番》の想い
あれからひと月が過ぎた。
私は料理や洗濯など、占い師のお婆さんの手伝いをして暮らしている。
家は山の中にあった。
でもどのあたりなのかはわからない。
家のまわりの野菜を少し作っている庭までしか出たことがないのだ。
お婆さんもそこから先には出ない。
生活を支えてくれているのはお婆さんの弟子のクルスという男性。
クルスが必要なものを買って来てくれるので、私とお婆さんは外に出る必要がない。
最初に弟子だというクルスを紹介された時、なるほど、と思った。
川から私を救いあげ、この家まで運んだのはクルスなのだろう。
占いで見つけたと言っても私を川から家まで運ぶなんて
力のないお婆さんにできることではないもの。
今日もクルスが買ってきてくれたパンやチーズなどを受け取る。
「ありがとう……」
お礼を言うがクルスからの返事はない。
恐ろしく無口なのだ。
ただ透き通るように綺麗な紫色の瞳が優しく揺れた。
夜はお婆さんに請われるまま話をする。
私の、これまでの話だ。
面白いものが好きだというお婆さんは私の話を聞きながら糸を紡ぐ。
「こうして紡いだ糸は織った時の出来栄えが違うんだよ」と言って。
ベッドにかけられた織物も、お婆さんが羽織る織物も、面白い話を聞きながら紡いだ糸で織ったものなのだそうだ。
「話を聞きながら紡ぐと何か違うんですか?」
意味が分からずそう聞き返したが、お婆さんは笑うばかりだった。
最初は、いつ彼がやって来るのかと怯えていた。
けれどそれは杞憂だった。
彼は諦めたのだろう。
自分の愚かさに笑ってしまった。
何を怯えていたのだろう。
まさか期待していた?
彼が見つけてくれるのではないかと。
馬鹿なことを。
私は愛されるどころか見てももらえない惨めな《番》。
はじめから――今の、この容姿以外に好かれるところなんて……
あるはずのない私なのに。
きっと彼はもう別の、妃にと望むご令嬢を見つけて一緒にいる。
髪色は蜂蜜色だったり、亜麻色だったり、緋色だったり。
瞳は琥珀色だったり、榛色だったり、若葉色だったり。
さまざまな女性たちだったけれど
彼がいつも一緒にいた可愛らしい女性たちと同じ。
庇護欲を誘うような、たおやかで可愛らしい女性と………
私は目を閉じた。
私は彼から逃げたのだ。
………もう……忘れなきゃ…………
あれからもうひと月。
何も言われないのを良いことに甘えていたけれど、さすがに頃合いだ。
私はお婆さんにそろそろ家を出ようと思っていることを告げた。
けれどお婆さんは当然のように「居ればいい」と言った。
「何を遠慮しているんだい。ずっとここに居ればいいさ。
……まあ出て行くと言うなら止めないが。
ここを出れば即座に王子に見つかってしまうが、それでいいのかい?」
「――え?」
「ここには結界がはってある。それであの王子はお前さんを見つけられない。
だが、お前さんが一歩外に出た途端、あの王子はお前さんを見つけるだろう」
「彼が?」
「そうだよ」
その言葉に愕然とする。
結界?
いえ……それよりも……
「彼はまだ……私を探しているのですか?」
「もちろんだよ」
血の気がひき鳥肌がたった。
「なぜ。あれからひと月もたつのに」
「――ああ、そうだった」
お婆さんは傍らにあった籠の中から、私の話を聞きながら紡いだ糸の玉を取ると言った。
「お前さんは《番》がどんなものか詳しく知らないようだね」
知らない?私が?
薄く笑った。
「……惹かれ合い、愛し合うものなのでしょう?」
「まあそうなんだけどね。ちょっと違うんだよ」
「……違う?」
「《番》にも色々ある。
番う相手をちょっと良いな、と思う程度のものから番う相手にのみ、その心を捧げるもの。
相手を想っていれば離れていても平気なもの。
相手と四六時中、触れ合っていなければたえられないもの。
その強さは様々なんだよ。
そしてどうやら……
お前さんの《番》――あの王子は最強で最悪の想いを持つ《番》だね」
「最強で……最悪の……想い?」
「そうだよ」
「それは……いったい」
「《番》の最強の想い。
それは番う相手と完全にひとつになりたいという想いだよ。
―――つまり《食いたい》だね」
もはや呪いさ。
お婆さんは平然とそう言った。