21 片方
私とメイさんは髪留めを売っているお店を端からくまなくあたっていった。
けれど、クルスからもらった髪留めを売っているようなお店は見当たらない。
この国では既婚か未婚かに関わらず、ある程度の年齢になると髪を結う女性が多い。
髪をおろしている女性の多くは子どもから成人前後だ。
そのせいもあってか、どの店でも売られている髪留めは華やかな物が多かった。
私が持っている物とは随分違う。
この市場に出店しているお店の物ではないのかもしれない。
そう思いはじめた頃だった。
「お姉さんたち、綺麗だねえ。
良かったら髪留めを見ていかないかい?おまけするよ!」
「……髪留め?」
足が止まった。
でも……見れば、声をかけてきたのは男性用の衣類や小物を売っているお店の店員さんだった。
私とメイさんは顔を見合わせた。
「このお店は女性の髪留めを扱っているの?そうは見えないけど」
「ああ、見ての通り男物がほとんどだ。だがあるんだ。
素朴なやつだけど、とっておきが」
「――あの。これはこちらの商品でしょうか」
私が髪留めを見せると店員さんは手に取り、そして驚いたように言った。
「これ!そうだよ!これは俺が売ったものだ!
背の高い無口な兄さんが買っていったが、そうか。あんたへの贈り物だったのか」
私は思わず髪留めと店員さんを見比べた。
メイさんは店員さんを胡散臭そうに見た。
「随分前に売った物でしょう?よく覚えてますね。何か理由でも?」
「そりゃあ覚えてるよ。これはペアなんだ。
髪留めとペンダントのふたつで一組。
――ほら。こっちのと同じだ」
店員さんは笑いながら髪留めを私に返すと、商品の髪留めとペンダントを手に取って見せた。髪留めの方は、確かに私が持っている髪留めと似ている。そっくりだ。
「よく見てくれ。この髪留めとペンダントの裏には同じ花が彫ってあるだろう?
これはな、恋人同士がこっそり揃いでつける物なんだよ」
「―――え……?」
私は慌てて返してもらった髪留めを見た。
……気づいていなかったけれど、確かに髪留めの裏――見えないところに小さな花が彫ってある。店員さんが見せてくれている商品に彫られているのとは別の花だ。
「ほら、お姉さんの持っているのにも花が彫ってあっただろう?
間違いなくこの店の商品だ。俺が作って売ったんだよ」
店員さんは誇らしげに胸を張った。
「いやあ、あんたに会えて良かった。
あんたに言うのもなんだが、その髪留めを買っていった兄さんは妙な人だな。
女性用の髪留めだけでいい。
男性用のペンダントはいらないって言ってさ。
困るよ、ふたつで一組なんだと言っても聞きやしない。
お金は一組分ちゃんと払って、ペンダントだけおいていっちまったんだ。
あんな客は初めてだった。
いまだにあの兄さんだけだ。だからよく覚えているんだよ。
紫色の目をした兄さんだろ?」
「―――――」
「ちょっと待ってくれよ。
金はもらってるし、もしかしたら気が変わって兄さんが取りに来るかもしれないと思ってペンダントはしまってあるんだが……どこだったかな。
髪留めを直す間に見つけておくよ。
明日、ふたつを受け取りに来てくれるかい?お代はいらないからさ」
◆◇◆◇◆◇◆
帰り道はぼんやりと、ただ歩いた。
何も言葉が出てこなかった。
メイさんも気を遣ってくれたのか、無言で一緒に歩いてくれた。
クルスからあの髪留めをもらったのは、私たちが出会って間もない頃のことだ。
だから。
恋人同士がこっそり揃いでつける物だと言われたことを気にしているわけじゃない。
ただの物の話。クルス本人だって、きっと気にもしていないことだろう。
……だけど、私は胸が張り裂けそうに痛い。
ペンダントを。
ふたつで一組の片方をいらないと簡単においていったひとを思う。
―――――クルス―――――
それは突然だった。
私の横でメイさんが立ち止まった。
つられて私も足を止める。
メイさんはそのままじっと後ろを見ていた。
どうしたんだろう?と理由を聞こうとしたら先にメイさんが口を開いた。
「ロウ。終わったの?」
「え?ロウ?」
いつから、どこにいたのだろう。
ロウはメイさんの目の前に現れた。
そして言った。
「ああ。意外なほど、あっさり捕まったよ」




