12 涙
「ああ、起きたかい?
クルスはもう大丈夫だよ」
いつの間にか眠ってしまったらしい。
慌てて身体を起こした私に、お婆さんは笑って言った。
急いでソファーからおりてベッドに向かう。
そこでは水の竜の医師で、ロウの《番》――メイさんがクルスの胸に手を当てていた。
お婆さんが水の竜の医師は、《竜気》からだけでなく体液からも症状を診ると言っていたのを思い出した。
身体に触れて診察しているのだろう。
メイさんの後ろ姿から目が離せなかった。
高い位置で一つに結んだ長い髪、着ている服。
どちらもロウと同じ、黒色だ。
でも彼女のそれらは、光の加減で赤く輝くようにも見える。
不思議な色合いに見惚れていた。
水の竜の女性は、みんなこんなに綺麗なのだろうか……。
私が見ていることに気がついたのか、メイさんが振り向いた。
「もうすぐ目を覚ますと思うわ」
そう言って微笑んだ。
「クルス……」
メイさんに促されてベッドの横へ進む。
いつもの顔色のクルスがいた。
「クルスの《病気》はもう治ったんだよ。しばらく無理は禁物だけれどね。
良かったね、サヤ」
「はい」
お婆さんの言葉に目が熱くなった。
「ありがとうございました。メイさん」
遠い国から来てくれたメイさんにお礼を言うと、メイさんは綺麗に笑った。
「そういえば、ロウは?ロウにもお礼を言いたいんですけど……」
部屋を見回したが、ロウの姿はなかった。
「ああ、ロウは市場に買い出しに行っているよ。
クルスの代わりに行ってくれているんだ。悪いねえ、メイ」
お婆さんが言うと、メイさんはまた笑った。
「そのくらい当然ですよ。お手伝いさせてください」
「ありがとう。そろそろ帰ってくる頃だろう。
夕食の準備をしようか。
メイ。すまないが手伝ってくれるかい?」
「ええ。もちろんです」
「じゃあサヤ。
お前さんはクルスについていてやってくれるかい?
もう心配はないと思うが、念のためね」
「―――はい」
私は部屋を出て行くお婆さんとメイさんを見送った。
診察の邪魔になったからだろう。
ベッドの横に置いてあった椅子が部屋の隅に移動されていた。
私は椅子を取りに行こうとした。
と。
「…………サヤ……?」
空耳かと思った。
でも
見ればクルスはこちらを向いていて。
その紫色の瞳が、確かに私を見ていて―――――。
途端に涙が溢れた。
「クルス」
駆け寄ってベッドに跪く。
クルスの大きな手に触れれば確かにあたたかくて。
私はただ泣くことしかできなかった。
「サヤ。泣かなくていい」
私は泣きながら首を左右に振った。
「泣かなくていい」
そう言われたのは何度目だったか。
私はようやく言葉にできた。
「良かった……。私。
クルスがいなくなったらどうしようかと思った」
怖かった。
クルスが倒れてからずっと。
不安で胸が押しつぶされそうだった。
もう二度と目をあけてくれないかと思った。
「サヤ」
クルスは
泣き続けている私の涙をそっと手で拭うと、言った。
「そんなに泣かなくていい。
俺はサヤの《番》ではないのだから」




