10 医師メイ ※お婆さん(占い師)side
「これでもう少ししたら目を覚ますと思うわ」
クルスの手当てを終えた医師が、ボウルの水で手を洗いながら言った。
長い髪を、高い位置でひとつに結んでいる女性だ。
「ありがと。助かったよ。メイ」
ロウが笑顔で労えば、メイと呼ばれた医師は切れ長の目を細めてうんざりした顔になった。
「……いつものことだけど。
貴方、また誰にも何も言わずにふらりと出てきたでしょう。
どこに行ったんだとか、何しに行ったんだとか聞かれるのは私なの。
やめてちょうだいよ。
その上、今回はこんなに遠くまで呼び出して。
ここで何してるのよ、ロウ」
「いや、あはは。ちょっとね」
「ちょっと、じゃないでしょう!
何?この患者。
どういうことなの?何があったの?貴方、何したの?
説明してよ!」
「あはは……いや。俺は何も。
それに、俺にもどういうことか、よく……」
「なんですって……?」
私はロウと医師――メイの間に入った。
「――悪いね。ロウは本当に何もわからないんだよ。
巻き込まれたようなものなんだ。許してやってくれるかい?」
「風の巫女様」
メイははっとしたように私の前で膝を折った。
「失礼しました。ご挨拶もろくにせず。私は――」
「――ああ、堅苦しい挨拶はいらないよ、メイ。立っておくれ。
それより突然すまなかったね。
助かったよ。お前さんが来てくれて」
「とんでもない。
風の巫女様のお役に立てて光栄です」
立ち上がり、メイは綺麗なお辞儀をした。
「メイ。なんか態度が俺とは……」
「黙りなさい、ロウ」
「ハイ」
短いやりとりを見ただけで、ふたりの将来まで見えるようだった。
「それにしても驚いたよ。
まさか、ロウの《番》――お前さんが医師だとはねえ」
「父の影響もあるのですが、ほぼロウのせいです。
ロウったら、昔から無茶ばかりで怪我が絶えなくて。
それを手当てしていたら、いつの間にか」
「昔から?」
「ええ。私の父は王宮の医師で。幼馴染なんです、私たち。
珍しいでしょう?幼馴染が《番》だなんて」
「―――ああ。そうだね」
つきりと小さく胸が痛んだが。
気づかないふりをして話を振る。
「それにしても《番》とはいえ、遠くにいる者を呼べるとは。
いったい、どんな手を使ったんだい?」
「あはは、簡単ですよ。酒を飲んだだけです」
「……酒?」
ロウの言葉に首を傾げれば、メイが教えてくれた。
「ロウはお酒が飲めないんです。
飲めばすぐに頭痛をおこし、二日酔いになるので普段はまったく飲まない。
その体質を利用して、ロウは私を呼び出すんですよ。
幼い頃からロウの《竜気》に慣れているからでしょうか。
頭痛や二日酔い程度でも、ロウの《竜気》が伝えてくる体調の変化に私は気づくので」
「この手を使うのは緊急時のみだけどね」
へらりとロウが笑い、メイがまたうんざりした顔で言った。
「当たり前よ。
ぐでんぐでんに酔って意識もなくすなんて。
しょっちゅうされてたまるもんですか」
呆れるしかなかった。
「……三日間、ここに顔も出さず、何をしているのかと思ったら」
「ガンガンする頭を抱えて宿で寝てましたよ。
だって結界が張ってあるこの家で飲んでもメイに《竜気》は届かないし。
目印の俺が外にいなくちゃ、メイがここに来られなかったからね」
「そうかい」
私まで頭が痛くなった気がした。




