09 不安
「クルス……」
呼んでもベッドの上のクルスは目を開けてくれない。
もう丸一日以上そうだ。
お婆さんは交代しようと言ってくれた。
けれど私はどうしてもクルスのそばを離れたくなくて、ずっと見ていた。
夜も眠らずそばにいた。
……でも。
倒れてからずっと、クルスの意識は戻らない。
苦しいのか時々、顔を歪めて身体を動かす。
お婆さんは、ひっきりなしに身体を動かしたり、痙攣をおこすよりはいいと言っていたけれど……それでも苦しむ姿を見ているのは辛い。
水を絞った布で、そっとクルスの額の汗を拭く。
そのまま頬も。
……酷く顔色が悪い。
唇を噛んで涙を堪える。
手が震える。胸が苦しい。
何もしてあげられない。
クルスはいつだって私を助けてくれたのに、私は苦しむクルスをこうして見ているだけ。
それが情けなくて、悔しい―――――
私にできるのは待つことだけだ。
昨日、倒れたクルスをベッドに運んだあと、お婆さんは言った。
「竜は丈夫だ。病気に罹ることは少ない。だから考えにくいけれど。
クルスのこの状態から察するに多分、何らかの病気だね」と。
「多分って……。お婆さんにも、わからないんですか?」
私の問いかけに、お婆さんは困ったように言った。
「《竜気》のある普通の竜ならば《わかる》。
居場所だけじゃない。
《竜気》はその竜の身体が今、どんな状態かも知らせるからね。
成熟した者なのか、未成熟の子どもなのか。
健康なのか、弱っているのか。
病気なら、病気だとわかる。
――だが、クルスには《竜気》がない。
クルスの身体が今、どんな状態にあるのかは……わからないんだよ」
「そんな……」
「医師は私と同じことを言うだろう。
竜は《竜気》に頼るところが大きいんだ。
……薬はあるが。
だが、どんな状態にあるのかわからないクルスには飲ませられない。
どの薬が効くのか、わからないんだ。
一か八かで与えれば、逆に症状を悪化させてしまう可能性がある」
「クルスには、何も治療はしてあげられないということですか」
「……今はね。でも幸い、ロウがいた」
「ロウ?」
「水の竜の医師は、他の竜の医師とはちょっと違う。
《竜気》だけでなく、体液からも病状を診る。
クルスがどんな状態なのか、水の竜の医師ならわかるかもしれない」
「水の竜の……お医者様?」
「今、《呼んで》もらっている。方法はわからないが。
ロウが呼ぶと言ったのだから呼べるのだろう。
ただ、到着がいつになるかはわからない。
ロウにも数日かかるだろうというくらいしかわからないそうだ。
だから、それまでは…………」
「私が。ついています。クルスに」
「そうだね。そうしてやっておくれ」
「はい」
そして丸一日が経った。
長い、長い一日が。
ロウが呼ぶと言ったという、水の竜のお医者様はまだ来ない。
水の竜だもの。
ロウが言っていたここより東の、水の竜が住んでいる国から来るのだろう。
遠い東の国からなんて。
どのくらい時間がかかるんだろう。
それに、そのお医者様は本当に、
クルスを治してくれるのだろうか……。
―――怖い。
ぞくりとした。
真っ暗な闇にのまれていくような、そんな感覚に陥った。
もう夜は明けている。
それどころかとっくに昼も過ぎているくらいだ。
客間の小さな窓からは白い光が差し込んでいて室内は明るい。
なのに。
「クルス」
呼んでもやっぱりクルスからの返事はない。
私は跪き、ベッドの上に横たわるクルスの手を握った。
「お願い……いなくならないで」




