07 竜だった過去 ※お婆さん(占い師)side
「でもあの二人を番わせる。
それは無理なんでしょ?それができないからこーなっているんだから」
ロウはそう言って腕を組んだ。
「どうすんの?
婆さーん。そもそも何で《妖花の竜気》に気がつかなかったんだよ。
《始祖様の記憶を織った布》なんてすごいモノを持っているのに」
私はロウに向け、ストールを振って見せた。
「《これ》は《始祖様の記憶を織った布》なんだよ。
始祖様の記憶と、そして歴代の巫女の見聞きした知識が宿る布だ。
《妖花の竜気》のことは、布に知識としてはある。
だが始祖様も歴代の巫女も《妖花の竜気》を実際に嗅いだことはないんだろう。
《妖花の竜気》がどんな香りなのかの情報はない。
つまり私がサヤの《竜気》を嗅いでも《妖花の竜気》だとわかりはしないよ。
同性だから《甘く》も感じなければ惑わされもしない。
異性であるクルスは《竜気なし》だ。
《竜気》は感じない。
ここにはサヤの《竜気》が《妖花の竜気》だとわかる者はいないんだよ」
「ああ、そうかー。
んー。婆さんとクルスはともかくとして。
布にあるのは《経験した知識》のみで気づかなかったか。
それ、《水の竜王の宝珠》と一緒なんだな」
ちくり、と。
胸に刺さるものがあった。
ロウの黄金色の瞳をじっと見る。
「……確かに。
この《始祖様の記憶を織った布》は《水の竜王の宝珠》と同じだが……。
あんた……何故《水の竜王の宝珠》のことを知っているんだい?
まさか、《宝珠の記憶》が読めるのかい?」
「いいや。読めるわけないでしょ。
《風の竜》で《始祖様の記憶》が読めるのが婆さんだけなのと同じ。
《水の竜》で《宝珠の記憶》が読めるのは王だけだ。
それに知ってるでしょ?《あれ》は《水の竜王》の腹の中だよ?」
「……そうでも次代の王なら読めるんじゃないかい……?」
「え、俺が《水の竜》の次の王だと思ってる?
やだなあ、言ったでしょ。確かに俺は王家の一員だけど、本当に末端も末端。
……ただ、ちょっと事情があってね。
《水の竜王の宝珠》のことを、他の奴より知ってるだけだよ」
「…………そうかい」
「それにしても。
ヴィントとサヤは人なのに《竜気》がある。
と、いうことは。二人とも《竜の魂》を持ってる、ということだよね。
何でそんなおかしなことになってんの?
婆さん、知ってるんでしょ。教えてよ」
「…………」
「おーい。だんまり?
俺は――いいや。《水の竜》は巻き込まれているんですよ。
話してくださいよ。全てを」
私はふう、とひとつ息を吐いた。
「……あの二人は遠い昔、竜だったんだよ。
普通の《番》のように番うことができなかった《番》なんだ」
「普通に番うことができなかった《番》?」
「元、王子――ヴィントの方がね。
《番》に対する想いが強すぎたんだ。
サヤの側にいるだけで我を忘れてサヤを求め続けてしまう。
それでは《番》であるサヤを傷つける。
……そんな異質な想いを持った竜だったんだよ」
「はあ?!《番》を傷つける?」
ロウが信じられないと声を上げた。
《番を傷つける》。
それだけの言葉でだ。
どうやら本当にロウは《水の竜王の宝珠》の記憶が読めているわけではなさそうだ。
《あれ》が読めれば本当のことを知っているはず。
言葉を濁して良かったと安堵した。
《番》を《食いたい》などという想いを抱く竜がいることなど、たとえひとりでも知らない方が良い。
万一、広まればきっと全ての竜を恐怖させてしまう。
私はお茶を飲み、気を落ち着けてから言った。
「考えられないだろう?
《番》は唯一。
万が一にでも自分の《番》に誤ってかすり傷でも負わせたなら一生悔やみ、
そして仲間たちからも一生白い目を向けられる。
竜にとって《番》はそれほどの存在だからね」
「…………」
「そんな愛しくてたまらない《番》に抱く自分の想いはおぞましいものだ。
竜だったヴィントの苦悩は想像できるだろう?
他の竜に相談できるはずも、《番》であるサヤに打ち明けることもできない。
ひとり悩んで
出した答えが、竜の性に逆らって《番》を――サヤを拒絶することだった」
「《番》を……拒絶?」
「傷つけるよりマシだとね。……良くやったと褒めてやりたいくらいだが。
《番えなかった》。
それがあのふたりの未練となったんだろう。
人に生まれ変わっても竜だった時の記憶をなくさずにいる。今世もね」
「それで……《竜気》があるんだ。《番》を――互いを見つけるために?」
「そうだね。
だが……何度生まれ変わってもやはり番うことは叶わなかったんだよ。
今世もだ。
まだヴィントはサヤといれば狂ってしまう」
「……それでヴィントはサヤから離れたわけですか。サヤを傷つけないために。
《サヤのストール》を持って」
「そうだよ。それしかなかったんだ。
サヤの方は数えきれないほどの転生を繰り返すうち、今世で心は人となった。
来世のサヤは竜だった記憶を忘れて完全に人になるだろう。
……あの二人が番うことはもう……難しいだろうね」
「…………」
ロウは腕を組んだまま下を向き、動かなくなった。
「ロウ?どうしたんだい?」
「いや……。二人とも昔は竜だった。
その時のサヤの《竜気》はどうだったんだろう、と思って」
「それかい。……間違いなく《妖花》だったんだろうね」
「あー。やっぱり?
竜だった時は今みたいに微かじゃなくて普通にあったよね《竜気》。
苦労しただろうなあ……」
「《サヤのストール》を作る時にサヤに昔の話を聞いたんだが。
竜だった時のサヤの両親は《はぐれ竜》だった。
それも山の奥深く。
サヤはそこで両親以外の誰にも会わず育ったそうだ」
「え?」
「よほど竜嫌いの、変わり者の両親だったのかと思ったけど……。
娘のサヤの《竜気》が《妖花の竜気》なら納得がいくね」
「《妖花の竜気》を持った子どもなんて、知られたらロクなことにならない。
他の竜たちからサヤを隠して育てたんだ」
「そうだね。
だが、竜だったヴィントは知っていたはずだ。
自分の《番》――サヤの《竜気》が《妖花の竜気》だと」
「そりゃそうでしょ。《番の竜気》で《妖花の竜気》。
相当クラクラきたんじゃないかな」
「……なるほど。それでサヤの迎えはクルスだったのかい。
クルスならサヤの《妖花の竜気》も平気だから。
《竜気なし》は護衛に最高だからクルスだったのだと思っていたら……」
「え、クルス?
クルスもあの二人が竜だった時からの知り合いなの?
縁が深いなあ……」
「それより。元、王子――ヴィントだよ。
わざと私に言わなかったね。サヤの《妖花の竜気》のことを」
「そりゃそうだ。サヤの《竜気》が《妖花の竜気》だなんて婆さんに言ったら、あの《サヤのストール》がもらえたはずないからね」
ロウはあはは、と笑った。
「俺でも言わないなあー」
「……呑気だね、あんた」




