06 妖花の竜気 ※お婆さん(占い師)side
「《妖花》の香り?」
「ええ」
「……サヤの《竜気》が《妖花の竜気》だと言うのかい?」
信じられず聞き直した私に、ロウは頷いた。
「そうですよ。《妖花の竜気》です。
それも甘く甘く香る極上の《妖花》だ」
「極上の《妖花》……」
「本来《甘い》と感じる《竜気》は《番》のものだけのはず。
けど、サヤの《竜気》は《番の竜気》と同じように《甘い》と感じる。
《番の竜気》なら己の《竜気》と混ざり合う。
でも、サヤの《竜気》は己の《竜気》とは混ざり合わない。
甘くは感じても《番の竜気》とは違うんです」
「所詮は《妖花》。《番の竜気》ではない。
《偽物》というわけだね」
「ええ。
だが、そうだとわかっていて、それでも惑わされる。
《番》がいる俺でもあの、サヤの《妖花の竜気》は気になるんです。
だから。
まだ《番》が見つかっていない奴や《番》を失った男は……わかるでしょう?
あとは……《妖花の竜気》で自分の《番》を惑わされる女たちが嫉妬するのも」
「…………」
「とはいえ、
ヴィントが持っているあのストールからは、本当に微かな香りしか感じない。
サヤ本人からも似たようなものだ。
だから《風の竜》の多いこの大陸ではそんなに問題になるようなものじゃない。
《風の竜》なら相当に近づきでもしない限り気づかないだろうからね」
「《水の竜》は違うというわけだね」
「そう。俺たち《水の竜》はあの微かな《妖花の竜気》にも気づく。
鼻が効くからね。
だから俺も、離れた場所から市場にいたサヤを見つけられた」
「あれは驚いたよ」
「時間がかかったくらいですよ。
もしここが雨、雪、霧の日が多く、湿度の高い俺たち《水》が住む大陸ならば、
俺はもっと離れた場所からでもすぐにサヤに気づきました。
水が《竜気》を増幅し香りを運んでくるのでね」
「…………」
「わかるでしょう?
そんな《サヤのストール》は今、ウチの大陸にある。
すでに噂になっていますよ。
《妖花》が現れた、とね。
まあ実際会って見れば《妖花の竜気》が香るのはストールだ。
大抵の奴はなんだ、とガッカリして終わり。
だが……中にはあの《サヤのストール》を欲しがる奴もいる。
魅力的なんだよ、あれは。
おかげでヴィントは何度も絡まれてた」
「お前さんにはヴィントを助けてくれたお礼を言わなければいけないようだね」
「閉じ込めただけですけどね」と言ってロウは笑った。
「ヴィントをウチの大陸から追い出すだけでも良かったんですけどね。
でもそれでは解決にならないことは明白でしたから。
ヴィントには強い《竜気》がある。
あれじゃ俺たち《水の竜》ほど鼻が効かない他の竜も、ヴィントに引き寄せられてしまう。
《竜気を持った人間》なんて面白いですからねえ」
「……そうだね」
「で、ヴィントに近づけば《妖花の竜気》が香る《サヤのストール》に気づく。
珍しいのが揃っているんだ。
今のままではヴィントが安心して暮らせる土地はどこにもない。
それではヴィントが気の毒だ。
それで、俺はここに来たってわけです。
婆さんにあの《サヤのストール》を何とかしてもらおうと思って」
「……何とか、かい」
「そう。あの《サヤのストール》からサヤの《妖花の竜気》を香らせないようにして欲しいな。
竜たちを惑わせないようにね」
「香らせない、か。確かにそうできればねえ……」
「え?……ちょっと。……まさか……?」
「そんなことはできないよ。
あれは《竜》の記憶を《複製》したもの。
《竜気》も《複製》されてしまうのは仕方がないことだろう?」
「ええーーーーーっ!」
「まいったねえ」
「嘘だろぉ……」
ロウは天を仰いだ。
「それじゃあ何?
つまり。
《妖花の竜気》は《番》と番えば《妖花》じゃなくなる。
解決する方法は、サヤとヴィントを番わせるしかないってこと?」




