03 はじまり
目が覚めたのは木が丸太のまま天井になっている部屋だった。
壁にはタペストリー。
窓は……格子がはまっている小さなものがあったが白い光を届けているのみで外の景色は見えなかった。
木のドアからも向こうは見えない。
ドアの手前には小さいがどっしりとした作りの木の机と椅子。床には絨毯。
寝ていたベッドには毛糸の織物がかけられている。
あたたかかったはずだ。
ゆっくりと身体を起こすとドアが開き、人が入って来た。
「気がついたかい?」
そう言ったのは白く長い髪を横でひとつに束ねた老婆だった。
黒い服に、ベッドにかけられていた物と似た毛糸の織物を羽織っている。
手にはマグカップをひとつ持っていた。
もう一度、部屋の中を見回す。
取ってあった宿はこんな作りだっただろうか。
「ここは?」
「ここは私の家だよ。川に流されたお前さんを助けてここまで運んだんだ」
言われてみれば……思い出した。
馬車を飛び降りたのはいいが、転がって、そのまま川に落ちてしまったのだ。
冷たい水の感覚を思い出して思わず両腕をさする。
老婆は静かに言った。
「気分は?痛むところはあるかい?」
「――いいえ」
「そうかい。我慢強い娘だね。見た目は何ともなくても、あちこち打ちつけたはずだ。
痛み止めだよ。飲むといい」
渡されたマグカップを受け取った。
飲み物の温もりが伝わってくる。
「……ありがとうございます……」
お礼を言って受け取った痛み止めを飲む。
確かにあちこち痛かったが、薬が欲しかったというより喉がカラカラだった。
老婆はそんな私を見ると椅子をベッドの近くまで持ってきて、座った。
「何を思って川に入ったんだい?死にたかったのかい?」
「……いいえ。その、落ちてしまっただけです。助けていただいてありがとうございました。
――っあ!私の荷物は?!」
小さな袋だが中にはわずかなお金と、売れば当分暮らせるだけの宝石が入っていた。
見回すが、それらしき物はない。
「見つけたのはお前さんだけだよ」
「……そうですか………」
川に落ちたのだ。手からはずれてしまったのだろう。
諦めるしかない。
けれど……もう家に戻るわけにはいかない。戻りたくもない。
私は老婆に頭を下げた。
何者かもわからない人だけれど私を助けてくれたのだ。
悪い人ではないと信じて乞う。
「助けていただいた上に、こんなお願いは図々しいとわかっているのですが。
荷物を……お金をなくしてしまって行くところもないのです。しばらくここに置いてはもらえないでしょうか。お手伝いでも何でもしますから」
老婆の返事はあっさりした物だった。
「ああ、いいよ。元からそのつもりで助けたからね」
「元から?」
老婆の顔には笑みがあった。
その顔をじっと見る。
「あの……貴女は?いったい……」
「私?私は占い師さ」
「占い師?」
「そう。腕は良いんだよ。お前さんを見つけたくらいだからね」
「私を?」
「《面白いものがくる》って占いに出たからね。川へ行ってみればこれは珍しい。
なんと《竜の魂》を持った娘が流れてきた」
「―――」
「ほう……。驚かないところを見ると自覚があるんだね。もしや……。
竜だった頃の記憶があるのかい?」
「……ええ」
「それはすごい。記憶が残っているとは。教えてくれないかい?
――で?お前さんは《何回目の生まれ変わり》なんだい?」
「……わかりません」
「そこの記憶はないのかい」
「いいえ。………わからないほどの生を……」
遠い昔、彼は竜王だった。
私はそんな彼の《番》。
《番》だからと彼の前に連れ出されただけの名もない竜。
そこからはずっと同じ。
舌打ちされ
冷たい目で見られ
「これほどつまらない女だとは思わなかった」と言われ
最後はいつも捨てられるだけの
愛されるどころか見てももらえない
惨めな《番》―――――