10 一歩
お婆さんは私の覚悟に気付いたようだ。
「王子のところに行くことにしたのかい」
そう聞かれた。
私は涙を拭いて顔を上げた。
「はい。ずっとここに隠れているばかりではいられませんから。
話し合ってきたいと思います」
お婆さんは頷いた。
「そうかい。お前さんにその覚悟ができたなら、それが良いね。悔いのないようにしておいで。
きっとこれが最後になるだろうから」
「最後?」
「数えきれないほど何度も生まれ変わったんだ。
今のお前さんの《竜気》はかなり弱い。
王子を目の前にすれば彼が《番》であることが《わかる》程度だろう?
――多分、次に生まれ変わった時、お前さんにはもう《竜気》はない」
「《竜気》がない……。私はクルスさんと同じになると言うことですか?」
お婆さんは苦笑した。
「クルスとは違うよ。クルスはお前さんのように生まれ変わってはいないんだ。
《竜気》がない《竜》として生まれ、今日まで長い時を生きているだけだ。
お前さんの場合は何度も生まれ変わることで《魂》から《竜気》が薄れゆく。
やがて《竜気》が完全になくなり魂は人のそれと同じになる。
《人》になるんだ。
《竜だった記憶》も《今までの生の記憶》も、もちろん《番》だったあの王子のことも。
何もかも全て忘れてね」
「全て忘れて……」
「《普通》のことだ。
人に生まれ変わったのに遥か昔――《竜》だった時からの記憶を持ち《竜気》がある方がおかしいんだよ。
普通、生まれ変われば記憶など受け継がず《新しい者》になるはずなのに。
よほど強い《未練》があったからそうなった、のかもしれないね」
「―――」
「けれど、お前さんはもうその《未練》から解き放たれそうだ。
あの王子の方はまだしばらくかかりそうだけどね。
何度も転生を繰り返した今でも《番》であるお前さんを探せるくらい《竜気》が強い。
あの王子は……次に生まれ変わってもまだ《竜》でいるだろう」
私は少し考えてから聞いた。
「……彼が次にまた生まれ変わっても《竜》なら。彼の《番》は……?
どうなるんですか?」
「もちろんお前さんのままだよ。《番》うのは《魂》だからね」
「私?でも私は……生まれ変わったら彼を忘れて別人になっているんでしょう?」
「私も、ここまで《竜気》に差がある《番》を見たのは初めてだからね。
どうなるか正確にはわからないが。
あの王子は次に生まれ変わってもその魂はまだ《竜》で、また《番》であるお前さんを探す。
それは確かだ。
人となり《竜気》のなくなったお前さんを、この広い世界の中から見つけることは容易ではないだろうが。
それでも探す。
《番》う相手を見つけたいというのは《竜》の《性》だ。
どうしようもないのさ」
「………私は……」
「人となったお前さんは《竜》だの《番》だのと言われてもわからないだろうからね。
あの王子が幸運にも生まれ変わったお前さんを見つけたとしても、別人になったお前さんが王子をどう思うかは全くわからない。
人は《竜気》のかわりに《心》を使って愛する《伴侶》を見つける生き物だ。
……王子が別人となったお前さんに《伴侶》としてもらえるかどうか。
それは誰にもわからないことなんだよ」
「…………」
「お前さんとあの王子がお互いを《番》だと認識するのは多分、今世が最後だ。
最後に、しっかりと向き合って来るんだよ」
「……はい。助けていただいてから今日まで。本当にありがとうございました」
私はお婆さんに深く頭を下げた。
―――次の日の朝
私はお婆さんに見送られて家を出た。
山の中だと思っていた家は街のはずれだったようだ。
少し歩くと、家々が見える小高い丘に出た。遠くに王城が見える。
立っていると程なくして、馬の蹄の音がし笑顔の王子――彼が見えた。
クルスに髪留めのお礼が言えなかった。
それだけを少し残念に思いながら、私は彼の手を取った。




