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鍋奉行  作者: ごんぱち
3/7

3.てっぽう屋

「えいほ! えいほ! えいほ!」

 江戸へ向かう早追駕篭(はやおいかご)が、夜更けの東海道を走り抜ける。

 担ぎ手は四人。

 箱形の宝泉寺駕篭で中は伺えないが、その速さでは乗り心地も最悪に違いなかった。

 走るうちに、新しい担ぎ手が闇の中から浮かび上がるように現れ、代わっていく。

 早追駕篭、早駕籠の早さは、忠臣蔵において四日で一七〇里との記述がある。一七〇里は約六六〇キロであるが、この駕篭はそれよりも二割は速い。

 常識を遥かに越えたスピードで、小田原の宿場に近付いた頃、日が昇り始めていた。

 街道に、旅人たちの姿が見え始めた時には、担ぎ手はいつの間にか二人になり、速さもほどほどの駕篭に戻っていた。

『とと、止めてんか、ちょい』

 駕篭の中から、中年がらみの男の声がする。

「如何された」

 担ぎ手はぼそりと尋ねる。

『小便ですわ。小便』

「手早く済まされよ」

 駕篭は止まる。

 と、中から大柄な町人風の男が出て来た。

 そして、茂みに入る。

 駕篭かきの二人は、彼に目をそれとなく向けている。明らかに、監視の意図があった。

「ふー、何だか胸がムカムカするわ。船酔いと似とるなぁ」

 ――男が独り言を呟いていると。

竜次(りゅうじ)

 どこからともなく、微かな声がした。

「は……」

『返事は良い。手筈通りやれ』

 男は小さく頷く。

『一切動くな。感づかれる』

 びくりと男は身体を震わせる。

『首尾良く事為せば、一生喰うに困らぬ。死人を出した事の咎め立てもせぬ。最後の大仕事、抜かるな』

 彼は首を縦に振りそうになって、慌てて止め、今度は横に振りそうになって止めた。

(せや、女房子供に苦労はさせられん)

 男は薮から出て、駕篭に戻った。

「あー、スッキリしたわ」

「音はしなかったようだが」

「あ、いや、ちょびっとしか出ぇへんかったから――って、そないな事言わさんで下さい」


 調理場で一人、鍋代が本を広げる。

「トラフグ――か」

 ギョロリとした目が、頁を舐めるように見つめる。

「仏が百二十四人。そのうち料理屋で起きたのが、十四人」

 眉間にシワを寄せながら、目尻が下がっていた。

「しかし旨いからのぉ……何としても、上様に是非食べて頂きたいのぉ」

 別の本を開く。

「――料理屋で死んだ例では、五件が客の希望で卵、皮、目を入れたてっぽう汁、二件が皮の湯引き、腸の塩辛、身の刺身」

 本を閉じる。

「聞き取りも合わせて、腸に毒があるのは確かじゃろな……」

『――てっぽう屋竜次が到着いたしました』

 どこからともなく声がした。

「待ちかねた。通せ」

『はっ』

 声が消える。

 鍋代は、心張り棒を外す。

 ガラガラと不自然にやかましい音が立ち、戸が開いた。

 戸の向こうには、侍に連れられた町人が一人。

「名は?」

 ほとんど間髪入れずに、鍋代は尋ねる。

「へ、へぇ。てっぽう屋竜次いいます」

 少々面食らいながら、竜次は応える。

 てっぽう、てっぽう鍋とは関西のフグの隠語で、当たれば死ぬという洒落である。

「店を始めて何年じゃ?」

「二十四年やけど」

「二十五年ではなかったかの?」

「え? 二十五年?」

 竜次は指を折って数える。繊細だが鍛えられた指をしていた。

「いや、二十四年ですわ」

「――ふむ。斉藤殿?」

 鍋代は、侍に視線を向ける。

「偽りは見えませぬな」

 侍の答えを聞くと、鍋代は表情を弛めた。

「ええじゃろ。間違いなさそうじゃ」

「はあ?」

「てっぽう屋竜次殿、長旅で疲れておるところすまんのじゃが、フグを傷ませるわけにもいかん。早速取り掛かっていただけないかの?」

「へぇ」

 竜次はキツネにでもつままれたような顔をして、まな板に向かう。

「あの、お侍様?」

「鍋代と申す」

「……鍋代様。将軍様にお出しするやなんて、ほんまでっか?」

「応える事はできぬ。勘弁な」

 少しおどけた顔で、鍋代は笑った。が、そのギョロ目のせいか、何やら化け物に睨まれているようであった。


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