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鍋奉行  作者: ごんぱち
1/7

1.芝浜雑魚場

 日が高くなった頃、江戸芝浜の魚市に活気が溢れ始める。

「安いよっ! 上がりたてのハゼだ!」

「良いボラが入ってんぞ!」

「そんじょそこらのコハダたぁ訳がちがわぁ!」

 仲買人や魚屋の威勢の良い声が飛び交う。


 ――芝浜の市は、主に小魚を扱い、雑魚場ざこばと呼び親しまれた。

 市場は早朝から始まるイメージがあるが、芝浜の雑魚場が開かれるのは遅く、これをいわゆる棒手振りと呼ばれる売り歩きの魚屋が買い付け、長屋などを売り歩く。

 一方、荷揚げされた魚は将軍家に上納される、8つの御菜浦の1つでもあった。


 ――売り声の中、一人の侍が白い息を吐き、下駄を鳴らしながら歩く。

 中年から熟年に差しかからんとする背の低い侍だった。安っぽい羽織りと腰の大小が地面を摺りそうに足が短い。逆に、腕は長く手は大きい。手は大きいが、指は細くて長い。

 いや、それらを気にする者はいない。

 他人の視線は彼の顔立に向かうからである。

 侍の目は不自然な程にギョロリと大きく、鼻の穴も負けず劣らず、そしてその口も大きい。そして何より、時折魚屋と話す時に見え隠れする舌。五寸にも達しようという長さだった。舌先三寸が常人ならば、この男の舌は倍近い。

「おっ、鍋代の旦那! 今日は何をお探しで!」

 魚を広げた漁師が、侍に声をかける。

 侍は立ち止まると、そのギョロ目を細める。

「そうじゃの」

 甲高い声に、穏やかな口調だった。

「旨い魚はないかの?」

「またまた、意地の悪い。そう言われちゃ、出さねえわけにゃ行きませんや」

 漁師は後ろの箱から、アナゴを取って見せる。

「――アナゴは夏ではないかの?」

「そこがトーシロの浅はかってんで。こいつはただのアナゴじゃあありませんぜ。年を越して脂が倍も乗ったシロモノでさぁ」

「なるほど、脂がのぉ」

 侍は首を捻る。

「じゃが、今日はあんまりこってりした物を喰いたい気分ではないんじゃ。あっさりしたものはないかの?」

「あっさり、と来なすったな。冬にあっさりたぁ……困ったね」

「拙者も食い道楽じゃ。ちょっとぐらいなら、祝儀も出すがの」

 懐に手をつっこみ、微かに金の音を立てる。

「いや、値段って訳じゃあねえんで。事と次第によっちゃ、おいらは大事なお得意さんを一人なくしっちまうかも知れねえ。と、まあそういう訳で」

 無言で侍はにっこり笑う。

「……大丈夫かい? 知ってるかい? ちゃんと」

「拙者、喰う事にかけては、骨身を惜しまんよ」

「かなわねえな、旦那には」

 溜息一つ。

 漁師は別の箱から魚を取り出した。

「フグじゃな」

「へえ、シロサバってぇフグでさぁ」

「貰おう」

「いいですかぃ? 身以外は絶対喰わねえで下さいよ」

「他は毒かの?」

「いや、このシロサバ、たまに頭から尻尾の先まで全部毒の事があるみてぇなんで……」

「ふむ、では、喰う前に野良犬にでもやってみるかの」

「それが良いですぜ、是非そうしなせえ!」

 漁師は金を受け取り、フグを渡す。

「旦那、食い道楽もほどほどになせえよ? 死ぬほど旨いものだって、命がけで喰う価値はねえんだ」

「ははは、そうでもないじゃろ」

 大きな口で豪快に笑い、侍は市場を去った。


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