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目の上の瘤であり、尊敬の対象であり、

ナダ視点のお話。学院生時代のお話です。


 教授から手渡された羊皮紙を、長机の下でそっと開く。

 算術、魔法学、実技等の文字の横に『優』の印が並んでいる。

 が、一番右下には『2』。

 ついでに教授からのお褒めの言葉。

 俺は眉間に皺を寄せて自分の頭を乱暴に掻き、そして深い溜め息を吐き出した。






 鐘が鳴り、教授が授業の終わりを告げる。バラバラと生徒たちが立ち上がり、教室から出ていく。その生徒たちの中に、澄ました顔をした生徒がいた。同じく真面目そうな顔をした生徒と共に扉の向こうに消えた。苦々しい顔でそれを見ていると、おーいナダ、と後ろから声がして振り返る。


「お前のおかげで上がったよ、本当ありがとな! お前は……また駄目だったか」

 ホビアルの言葉に、俺は肩をすくめ、口の端を下げて見せる。


「十分凄いと思うけどな、俺は」

「一位、二位じゃ奨学金が違うんだよ」

「あー、そういってたな……」

 さっと教書をブックバンドで留めると、ゆっくりと椅子から立ち上がる。気づくと、教室には自分たちしか残っていなかった。食堂に向かう為に、教室の扉のほうへ向かって歩き出す。ホビアルがほらっと言って成績表を見せてくる。確かに前よりは良くなっていた。


「次は魔法論理学だな」

「……まあ、それはしなくても」

「お袋さんに良い報告したいんだろ」

「う゛…………悪いけど、また付き合ってくれるか」

 ホビアルは暗い顔で絞り出すように言う。普段は少々やんちゃだが、変なところで真面目な彼に思わずぷっと笑みがもれる。


「笑うなよ! お前だって、この間は……あ」

 言葉を切ったホビアルの視線の先へ目を向ける。

 教室の扉から出てすぐ、廊下のところに先程話題にしていた人物がいたのだ。


 ――アストゥート・ルプス。

 彼は二人の生徒と話していた。通りすがりに会話を盗み聞けば、二人の生徒が褒めそやし、彼はやんわりとそれを否定していた。二人の生徒の眼には羨望がありありとあった。確か彼らもアストゥートと同じ伯爵家であったと記憶しているが、あれでは友人というよりは子分、それかとり巻きだなと思う。




 学院には七歳で入った。幼い頃から魔法の構造に興味があり、自然と勉強をしている自分を慮って両親が入れてくれたのだ。ただあまり裕福とはいえない子爵の家の出であった為、奨学金は必須だった。元々勉強は得意であったが、初めの階級キルクレーの一位を取るのは思いのほか簡単であった。


 勉強も、寮での生活も楽しかった。

 友人も出来た。

 けれど、こんなものかという落胆も心の隅にあった。

 二年後に、彼が入ってくるまでは。


 彼は大体一、二年で一階級上がるところを、一年で三階級上がったのだ。一年で二階級上がった自分を抜かした少年に目を瞠った。やがて、同じ学年となった。すると成績は二位に落ち、それ以来上がることはなく、十四歳(現在)に至っている。


 出来が違う、そう思った。

 最初は興味が湧いた。どのような人物だろうと。けれど、身分や年齢の違い、自身の秘術のこともあって、なんとなく彼に近づくことが憚られた。


 一番自信を失ったのは、ルウ=カネレ階級の試験だ。

 彼がその年のふた月ほど休学をしていたにも関わらず、それでも追い抜かすことは出来なかったのだ。

 あれは本当に酷かった。どうにか保っていた自信の折れる音が聞こえた。その後、両親とホビアルで励ましでどうにか持ち直せたが。



 周りが自分を見る目が変わったのは別に良かった。けれど、その内奨学金のこともあって、段々と彼が煩わしい存在になってしまった。

 自分勝手な感情だと理解している。だから、彼に近寄ることも陰口を言うこともしていない。

 あの休学後、彼が一層無表情に拍車をかけ、勉学に励み始めたことにも気づいてはいたが――

 十分に距離が開いてから、ホビアルが両手を頭の後ろに回して言った。


「文武両道、品行方正、おまけに顔も良いときた! あーあ、神様ってなんで不公平なのかね?」

「さて、ね。お前も顔は良いんじゃないか」

「え、気持ちわるっ」

「酷い、本当のことを言ったまでなのに……」

「えー、本当? あたし、嬉しぃ…………ってのは置いといて、お前は昼飯どうすんの? 今日は俺のおごりだぜ?」

「……――と十個」

「へ?」

「特上ワンプレートとカラフルドーナツ十個」

「……お前、遠慮って言葉、知ってる?」

「ははは」

「ははは、じゃないんだよなあ」

 あれ結構高いんだぜ、とポケットを探るホビアルを見ながらも、次の試験に向けてどのように勉強法を変えるかを考えていた。





 王立グラスディ学院は生徒の自主性を重んじており、行動の制限はほとんど無い。

 自らの家名に恥じない行動を生徒たちが取ることを信じているからだとか。勉学に関しても同様で、学院の図書館と実技棟の灯りが消える日はない。


 深夜の二時を知らせる鐘の音を聞いて、はっと顔を上げた。

 そんな時間か、とペンを走らせる手をとめ、窓の外を見る。数時間前、人が行き交っていた渡り廊下は閑散としていた。

 急に気怠さが込み上げてくる。ふあっと大きな欠伸をし、両腕を伸ばす。魔法論理学の本をそっと閉じ、棚へ戻そうと立ち上がり歩き始めた。一階へ下りる階段に足を掛けた時、離れたところにある机が視界の端に入った。

 一人、生徒が座っている――あのアストゥートが。

 思わず足を止めてしまう。


 いつの間に、と思う。

 物音はしなかった。いや、自分が集中し過ぎていたのかもしれない。

 ――深夜に図書館ここで彼と遭遇するのは初めてではなかった。今日は何時来たのかはわからないが、同じ時間に鉢合わせた時は帰る時間に大差はない。

 それなのに成績に差は生まれる。

 そして今、帰る気配のない彼を見て、胸にもやもやとしたものが浮かぶ。

 俺は彼から視線を背け、逃げるように階段を下りていった。







 昼寝をする時は温室と決めていた。

 今日は授業のない日で、午前はホビアルと勉強し昼食を取って別れた。午後から上級魔法の練習のために実技棟に予約を入れており、それまでの小休止である。


 学院長が南国から取り寄せたという木々や花々の醸し出す匂いや雰囲気は、庭園のものとはまた違う心地良さがあった。その上普段から人も少なく、結界を張れば虫も近寄ってこない。


 適当な木に寄り掛かり、目蓋を閉じる。しばらくするとウトウトとしてきた。

 寝ると頭がスッキリするし、記憶も整理されるような感じもあって、睡眠というのは本当に――……人の足音だ。それも複数で、洗練さの欠片もないのも幾つか。溜め息を吐いて、頭を掻く。

 せっかく眠れるところだったのに。しかし、仕方がない。

 大きく欠伸をし、木の陰から足音が止まった辺りを窺う。


 四人の生徒と向き合っているのは――あのアストゥートだ。

 腕章から同階級の生徒だと分かる。ただ顔立ちと身長から順当に階級を上げてきた生徒であろうとも。

 四人の内、一人が前に出る。何やら言っているが、内容的に決闘の申し込みか? 他三人は立会人?


 生徒だけで行う決闘は禁止されている。

 ……面倒くさいことに巻き込まれてるな、と思わず目を細める。

 何もないわけがない。あまり使いたくはないのだが……溜め息を吐いて、目に意識を集中する。

《秘術・真贋判定マリシオレメント》――

 自分が意識したことへの真偽が分かるのこの秘術が、好きではなかった。幼い頃は制御ができず、知りたくないことまで知ってしまっていた。その上、未だ完全に制してはいないのだ。


 そして、これは応用――温室に似つかわしくないもの、そう強く意識する。

 視界に二つ、青色の綺麗な文字列が浮かぶ。

 青は真実ベルダー。温室に似つかわしくないものであるということ。

 アストゥートの近くに補助魔法円、そして茶髪の男の手には誓約の魔具。途端、口角が下がる。


 自分より年下の生徒にすることか……?

 特に誓約の魔具なんて使われてしまったらどうなるか。

 しかし、そんな貴重な物どこで……? ああ、茶髪の奴は確か侯爵家だったか。貴族の矜持とやらは、どこかに置いてきたらしい。


 アストゥートはこのことに気づいているだろうか? いくら優秀と言えど、そのまでは予測出来ないはずだ。

 どうする? どうやって助ける? 後ろに回り込んで、あの魔法を……


 ――ただ、このまま見過ごせば、俺は…………




 喉の奥から絞り出すように呻き、奥歯を噛みしめる。頭をいつもより乱暴に掻き、前を向く。足音を立てぬよう歩き出した俺の耳に入ってきた詠唱に、度肝を抜かれた。


 挑んだ相手も詠唱を始めていたが、驚いたのはアストゥートの口から紡がれていたものだ。

 決闘をするのだから、別にそれは当然のことだ。

 ただ、それが大魔法の短縮詠唱でなければ。

 四人は余裕の表情だ。それもそうだろう。まだ習っていないものなのだから。


 四人とも殺す気か!?

 あいつらもあいつらだ、聞きなれない詠唱なんだから警戒しろよ!

 内心そう叫びつつ、短縮詠唱を唱え、五人のいる所へと飛び出した。






「……何をやっているのです?」

 アストゥートに決闘を挑んだ四人がこちらを見て、小さな悲鳴を上げる。


「ク、クストス教授、これはお遊びで……!」

「遊びですか? 私の目がおかしくなければ、決闘のように見えるのですが?」

 一人はうっと呻き、もう一人は地面へと視線を落とし、三人目は青ざめ、最後の一人は言葉を飲んだ。


 俺は教授の中でも特に恐れられているクストス教授に姿を変えていた。

 問題を起こした生徒には非常に厳しく、場合によっては降級もするという噂もある。というか、数年前実際にあったことらしい、というのはホビアルの言。

 アストゥートを一瞥する。

 その表情はまったく変わっていなかった。頬がぴくりと動く。


「せ、先生、本当にそうなんです。信じて下さい」

「アストゥート・ルプスさんもそう仰るので?」

 途端、四人が縋るような目つきでアストゥートを見たので、その滑稽さに笑いを堪えるのに必死だった。


「はい、教授。実際の決闘はどのようにするのかを教えてもらっていただけです」

「……宜しい」

 あからさまにほっとする四人に手を差し出す。途端、アストゥートを除く皆の表情が戸惑いに変わる。


「誓約の魔具を。それでこのことは不問と致しましょう」

「え? そんなものは……」

 クストス教授の酷薄な笑みを真似する。


「君、そう君です。懐に持っているでしょう?」

「いや、僕は……!」

「では、考えを改めましょう。学院長に……」

 茶髪の生徒の顔が青ざめる。そして、懐から小さな剣を取り出した。一件普通のダガーのようにも見えるが、柄に青い宝石がついている。確かに誓約の魔具だ。魔具を受け取り、しっかりと頷く。


「――はい、確かに。では、いって宜しい」

 四人はありがとうございます、と頭を下げて、逃げるように温室から出て行った。あの茶髪の生徒の顔は最後まで青ざめたままだった。もしかすると、勝手に家から持ち出したものなのかもしれないな、と思う。


 四人の姿が完全に見えなくなると、すぐに魔法を解く。そして、はあ~と深い溜め息を吐き出した。姿を変える魔法は上級も上級、魔素の消費も激しい。上手く扱えるようになっても、一日が限度とされている。この後の実技練習は思ったようにできないかもしれない、と遠くを見る。


「助かりました、ありがとうございます」

 僅かに口角を上げているアストゥートへ胡乱気な視線を向ける。


「貴方なら助けて下さると思っていました」

 しれっとそういう彼を、更に訝しげに見下ろす。


「……俺がいるのを知ってたのか?」

「はい。彼らには実技棟で訓練が終わった後に話しかけられまして、断ろうと思ったんですが、貴方が温室に入っていくのが見えたもので、おそらく大丈夫だろうと思ったんです」

 あの四人がわざわざ魔素が少なくなった時を狙ったことにも呆れたが、それ以上に俺がいるから大丈夫だと言った言葉に呆れ返ってしまった。


「それじゃ、俺がここに居て、自分を助けてくれるだろうと思って此処に来たのか」

「はい」

「……大魔法を使うつもりもなかったんだな?」

「はい、彼らが何かする前に助けて欲しかったもので。後は念のために」

「…………」

 つまり、万が一自分を助けないことも考えて、あの四人の命を奪うように見せかけ、俺を確実に動かしにかかったのだ。

 俺がまだ習っていない大魔法の詠唱を理解するだろうことも踏まえて。

 手のひらで顔を覆い、深く深く息を吐き出す。




「――なんの根拠があって、俺がお前を助けるなんて思ったんだ。君は俺のことを知らないだろう」

「いえ、知っています。ナダ・ストリクスさん」

 名を呼ばれてぎょっと目を見開く。そして、顔を覆っていた手をどけると、彼は微かに笑っていた。


「貴方が私の前に階級一位だったことは知っていました。そして、他の人達とは違うこともです」

 彼が、自分のことを認識しているとは思ってもなかった。

 正直に言えば、先程の話の途中そうではないかと、僅かに期待していた自分がいた。歓喜と嫌悪が混ざり合ったものが胸に込み上げてくる。


「何故、違うと言えるんだ……?」

 声は震えないように、低く言葉を吐きだす。彼は少し目線を落とした後、まっすぐにこちらを見た。


「――実は、先程ご覧頂いたような嫌がらせが多いんです。ただ、一方でこんな自分を慕ってくれている者もいます。有り難いことなのですが、友人とは言えない関係です」

 自慢か、と思いつつも口にはしない。


「貴方はそのどちらでもなかった。罵るのでもなく讃えるのでもなく、ただ自らを高める方法を選ばれた。貴方が勉強をしているところをみかける度、自分も頑張ろうと思えたんです」


 言葉が出て来ない。俯き、頭を振る。

 ――いや、ただの世辞だろう。

 さっきのことで彼がしたたかなのはわかったんだ。今後も円滑に学生生活を続けるための――

 視界に何か映る。

 嘘だろ、こんな時に。

 あの秘術が自分の意思とは関係なく、発動し始める。


 今、考えていたのは、彼の発言。

 つまりそれが、本心から言っていることなのか、ただの世辞なのか、わかってしまう。見たくない、とそう思うのが、いつまでも沈黙しているのもおかしい。

 勢いよく顔を上げる。

 目の前に入ってきたのは、アストゥートの心臓あたりに浮かぶ、青い色。


 つまり、偽物ファルセダーではなく、真実ベルダー――



「――ああ、本当にお前のことは」

 苦々しい顔で、吐き捨てる。


「ことは?」

「……なんでもない」

 そして、何度か唸り声を上げた後、俺は言った。


「…………その、この後実技棟の予約をしてるんだが、付き合ってくれないか。どうにも構築が上手くいかない無属性の魔法があるんだ」

 彼は僅かに目を見開いた。そして――


「――私で良ければ。先程のお礼もしなくてはなりませんし」

 そう答えてくれたことに、ほっとしながら温室の出入り口へ向かって歩き出す。


「……ありがとな。それと同じ階級なんだ。敬語は止めてくれ」

「――わかった。何が出来ないんだ?」

 思っていたよりぶっきらぼうな物言いに少々驚いたが、すぐに答える。


「無属性のヨクラートル」

「そうか。確かに難しい。少々コツがあるんだ、あれは――……」


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