坊主の説教は死んでから聞けばいいんですわ
「さてと、まぁいろいろありましたが……戦闘において、アイビーさんが容易くッ! 敗北したのにはある理由がありますわ」
さてさて、王子様たちの反応はさておき。
主人公があのレベルのヘボパイロット、というのには驚きですわね。
という訳での、基礎的な動きから教える必要がありますわ。
「間合いを詰められたのに、射撃戦を続けてしまっていたからですわ」
「は、はい、そ、そうでした」
実際問題、手に持っている武器を捨てるという考えた方は難しいのでしょうね。
「それが何か問題があるのか? あの距離でも取り回しとかの面で見れば問題ないだろ?」
あら、まだまだ最強を目指すお方にしては甘いですわね。
「確かに、戦闘の大半は射撃で決着がつくものですわ」
この辺りはお父様も実際そうだと口にしていました。
ですが――。
「その大半から外れた場合は話が変わってきますの」
結局のところ射撃とは、慣れてしまえば射線が読めてしまうのです。
「射撃戦を接近状態でも行えるのは、ごく一部の天才だけですわ」
だって私の記憶が正しければ、大体のロボは接近戦になったら、近接武器に切り替えるか殴る蹴る始めますもの。
「その上で、アイビーさんはその特例の天才ですか? それだけの天才であると胸を張って名乗れるのですか?」
「ち、違います」
「……えぇ、ここで天才ですと名乗られると、私も頭を抱えましたので」
……いや、真面目にそこで天才を名乗れる人だと、私があれこれ動く必要が真面目になくなりますものね。
天才を名乗るってのは、それだけ重いモノですから。
「そのためにも、皆が皆射撃をやりたがるので、嫌がらせとばかりに格闘戦に入ってください」
戦いとは、自分がやりたいこと以上に、相手が嫌がることを続けることこそが鉄則、しかも都合がいいことに。
「アイビーさんの機体は万能機ですもの、実に都合がいいですわ」
「都合がいいですか?」
「相手が嫌がることを、自分が不利にならない範囲でし続けられますもの」
聖機士はパーツによって得意不得意が大きく変わる機体……ですけれど、ここまで高品質なバランス型、お手本のような主人公機、しかもプレイヤー視点で見ても変な癖が付きにくいと初期状態と考えるのならベストですわね。
「で、でも接近戦って怖いで――」
「怖いのは相手もです、だから意味があるんですわよ」
「相手が怖いってことは、つまりそれだけ付け入る隙ができるってことだからな」
あら、アレックス王子は中々に分かっていますわね。
相手がどれだけ強くとも、相手が人間であるということには変わりません。
人間である以上、心はありますし、怒ったり悲しんだりもします。
だからこそ、そこを突くのは何かしらの結果が生じるわけですわね。
……まぁ、煽り倒したら、相手がブチギレ覚醒してぼっこぽこにされるなんてのもよくある話ですが。
えぇ、前世で対戦してたら勝てそうなタイミングで煽ったらそうなった経験が……。
「とは言え、精神状態の駆け引きなどというのは、まぁまだ先の話ですわね……、私から言えるのは――」
負けそうな時こそ不敵に笑え。
「案外これだけで相手の調子が崩れますわ」
実際の所、相手の顔が分かる状態の戦闘など、学校の授業の模擬戦かシミュレーターでの対戦ぐらいでしょう。
ですがそれはそれ、これはこれ。
有利に働くと、そう思っている限りは、自分に損はありませんわ。
だって、ただ笑うだけですもの。
「その程度なら、他のことをしながらでも簡単にできるでしょう?」
実際、戦争も終わったわけですし、この世界で普通に生きてる分にはそうそう死ぬこともないでしょう。
それでも死ぬ可能性は、確かにあるのですわ。
「それに坊主の説教は死んでから聞けばいいんですわ」
そもそも普通に生きていても死ぬ可能性は普通にあります。
それで戦う時にまで死ぬ可能性を恐れていては、勝てるモノも勝てませんし、逆に死ぬ可能性が上がります。
「だからこそ、戦う時に死を恐れてもなお、前に飛び出す勇気が必要なのです」
「前に飛び出す勇気ですか?」
どれだけ強大な敵が相手でも、たとえその身が危険にさらされるとしても、立ち向かわねばならない時に、前に飛び出す……まぁ、主人公の必須技能という奴ですわね。
「たとえどれだけ強大な敵が相手でも逃げださない勇気、守るべきものを守り抜くやさしさ、この二つこそが聖機士に乗るものとして必須なものだと考えなさい」
実際の所、聖機士の扱いをする者というのは、大なり小なり責任を持つものです。
戦争が起きれば最前線で戦うことになりますし、ちょっとしたトラブルが起きればそれを解決するために活動することもあります。
……まぁ、ロボットものとしてはすこぶる平和な部類でしょうけど。
「だからこそ、聖機士を扱うものにとって大切なのは、強さ以上にその精神性。少なくともあのような誰かを虐げたりすることをよしとするような人間は完全に失格です、貴女はああはならないようにしなさいな」
「……分かりましたっ!」
さてさて……とはいえ一カ月もない時間でどこまで伸ばせるか、それが問題ですわね。