ファンテ奮闘――スタンディング・オベーション
それから三日後。
街の一角にある闘技場。
観客席が擂り鉢状になっている。
擂り鉢の底に当たる部分に石畳で出来たテニスコート一面分くらいの闘技台が設置されていて、人々は石のベンチに座り、各々見下ろす格好で試合を観戦する。
「へー、今年の参加は二十人ちょいだってさ」
「それって多いのか?」
「分かんない」
闘技場の入口で対戦表を見たリーンは、優勝までに四度の勝利が必要だと知る。今日一日で全ての試合を行うようだった。
「やるだけやるけどあんまり期待はするなよ?」
「うん。あ、怪我には気をつけて」
「大丈夫だろ。木剣でやるみたいだし」
余裕があるのかないのかはっきりしない表情のファンテ。
入口でリーンは観客席、ファンテは階下の控え室へ。
――わ。一杯だな。
観客席に出ると、既に客席はほぼ埋まっており、リーンはどうにか空いている空間を見つけ、腰を下ろした。
眼下では審判と思しき人が控え室から出て来た選手を二人、闘技台に上げるところだ。
――うーむ。オペラ、いや、ミュージカルもいい。
客席が斜めになっている為、音をよく反射しそうだとリーンは思う。
――ここで歌ったら気持ちいいだろうなぁ……。
闘技場が歓声に包まれる。
一組目の試合が始まるようだ。
緊張した男が二人、闘技台の上で向かい合う。
リーンは客席の中程に居るため選手らの顔もぎりぎり見える。互いを識別する為なのか、赤と青の鉢巻きを頭に巻いていた。
――若いな、二人とも。
木剣を構える二人。
『始めっ!』
歓声、所々は怒号。
意外にも観戦マナーは良く、誰一人立ち上がらない。
リーンはこういうものを観戦するのは初めてでわくわくする。
いま戦っている二人の実力は伯仲していた。
しばらく膠着状態の後、赤の鉢巻きが相手の剣を落として勝利。観客からはひときわ大きな声が上がる、が。
――やっぱり拍手はないんだな。
以前、リーンはラクタルと言う酒場の女主人に、歌を聴いた後は拍手をして欲しいとお願いしたことがある。この世界には、歌だけでなく拍手もないのだ。
その後、何組か試合が行われ赤、青ともに勝ったり負けたりを繰り返した。
――お。やっとだね。
ファンテが青の鉢巻きをして闘技場に上がる。
どよめきが起きる。
主に女性達だ。
無理もない、まるで彫像のような顔立ちの男が木剣を携え、凛々しさと共に現れたのだ。
『始めっ――? そ、それまでっ。勝者、ファンテ!』
審判が戸惑った声を出す。
一瞬だった。
正直、リーンにはファンテが剣を振ったのさえよく見えなかった。分かったのは審判の開始の合図とほぼ同時、相手の剣が地面に落とされていた――それだけだ。
――わ、分かってはいたけどさ。強いね、ファンテ。
初めてファンテの剣捌きを見たリーンは苦笑い。
「素敵ーっ」
「何て美しい方……!」
女性陣の黄色い声が飛ぶ。
――案外、あっさり優勝するんじゃない?
と、リーンが思った矢先。
闘技場がひときわ大きな歓声で満たされる。
――何だ今の……!
剣に激しく打たれ、音もなく倒れる対戦相手。
床に倒れた男は気を失っていた。
『勝負あり。勝者、ブロイグ!』
「くーっ、痺れるぜあの力!」
「さすがブロイグ!」
「こりゃ、六連覇はいただきだなっ」
「ああ! 今年も絶好調だぜ!」
ブロイグ、と言う男は手を振って観客に応える。
背が高く短い銀髪、決して整った顔立ちではない、が。
――あれだ。同性が惚れる、漢って奴だ。
試合は進む。ファンテとブロイグは順調に勝ち上がって行った。
彼の剣は豪快そのものだ。まるで二の太刀など要らないとでも言うように大上段に構えた剣を一気に振り下ろす。相手は彼の剣圧に怯えてしまうのか、金縛りに遭ったように動かず、なす術なく斬り伏せられる。
片やファンテの剣は速さ。
目にも留まらぬ速さで相手を翻弄し、武器だけを叩き落として敗北させていく。
――対照的だなぁ。
リーンはそんな風に二人を分析する。
やがて準決勝第二試合。
――んん?
先に勝って決勝進出を決めていたファンテが、闘技台の横でブロイグの試合を変な顔で見つめていた。
決勝戦直前。
今やファンテとブロイグのみとなった選手控え室。
二人は間隔を空け、それぞれ部屋の隅で試合開始を待っている。
「なあ、あんた」とファンテが声をかける。
「何だ」
ブロイグはぶっきらぼうな声を出す。が、ファンテは気さくな顔だ。
「大変だな──何か、どうしても勝たなきゃいけない訳でもあるのか?」
「どういう意味だ、それは」
ファンテはブロイグの持っている木剣を指差した。
「それ、魔法具だろ? ――木剣に偽装してあるが、あの挙動は確か、拘束の魔剣」
ブロイグの顔色が変わる。
「なぜ──それを」
さあね、とファンテは笑顔を崩さない。
「魔法具は禁止だろ? で、何か訳でもあんのかな、と」
「貴様には関係ない」
「えー? いいのか、それで? 俺が運営に申し出たりしたら」
ブロイグはそんな脅しには屈しないとばかり憮然としたままだ。
魔法具とは魔法が込められた道具の総称だ。通常こういう大会では禁止されていて、検出するための装置も普及しており持ち込みなどは出来ないはずなのだが。
と、ファンテはここで思い当たる。
──ああ、なるほど。
出来ないことが出来る、と言うことは。
「……全員でグルか」
ブロイグは苦い顔のまま答えない。
「はー……じゃあせめて訳を聞かせろよ。どっちみち拘束の魔剣相手じゃ誰も勝てない。いいだろ? 誰にも言いやしないからさ」
「む──」
ブロイグは躊躇いつつ重い口を開いた。
それによれば。
「ああ、王の褒美ってのがそもそもないんだな」
「そうだ。現王になってからは一度も出されていない。昔は優勝者の家族も参列して、派手に挙行したものだが」
──何とまあ。財政難って奴か。
どうやら貼り紙の文言を変える金も惜しいらしい。
いずれはこの剣術大会も廃止にするそうだ。
ブロイグは歴とした王軍の兵士。普段、顔は国民の前に晒さない為このようなことも可能とのこと。
「頼む! このことは内密に願いたい。ま、万一、私が負けるようなことが、あ、あればっ……」
必死に頭を下げるブロイグ。
ファンテは何となく察する。
──軍を馘になるか、最悪、国外追放かもな。
「全く。なぁあんた? いつだって国ってのは理不尽だよな」
ファンテはブロイグにもう一度笑顔を向けた。
『勝負あり! 勝者、ブロイグ!』
どっと歓声が起きる。女性達は悲鳴。
ブロイグはいつもの一太刀。ファンテは地面に倒され、あっという間に勝負はついた。
今、闘技台の上ではブロイグがどこかほっとした笑顔で観客の声援に応えている。
――うーん……?
リーンは思わず腕組みをしてしまう。
――何か、もやもやするぞ……。
どこが、とは言えない。
ただ、あんなに動けなくなるなんてファンテらしくないとリーンは思う。
「いやー、やっぱブロイグだったな」
「ああ、あんな優男、相手にならないと思ってたぜ!」
「流石、俺達のブロイグ!」
「六連覇おめでとうっ」
口々に上がる男達の歓声。
――むー、何だとお。
リーン、すっくと立ち上がり、肘を少し曲げた両手を前に突き出した。
――うちのファンテはなぁ……。
きりりと前を向き大きなモーション、両手を打ち鳴らしていく。
――うちのファンテはな、本当はもっと出来る子なんだぞっ。
手がじんじんと痺れてくるような万力の拍手。
音に驚いた観客にぎょっとした顔を向けられる。が、構わず拍手を続けるリーン。
すると、他にも立って拍手をするものが現れる。主に女性達。所々に男性も混じる。
「ファンテ! あんたもよくやったぞ!」
「そうよ! 素敵だったわ!」
「これからも頑張ってねっ」
「きゃーっ、ファンテ様ーっ、結婚してぇ!」
気付けば拍手が拍手を呼び、会場は大音声に包まれていく。
――おお。
ファンテは見上げた。
立って拍手をする無数の人々を。
――いや、なかなか……。
イアシスでのライブ、リーンが拍手を受け気持ちよさそうに目を閉じていたのを彼は思い出す。
――これが拍手を受ける、ってことか。なるほど悪くない。
ファンテ、立ち上がって手を振る。
拍手、更に鳴り止まず。
【格 好 良 か っ た よ !】
土砂降りの拍手の中、ファンテにはリーンの声がはっきりと聞こえた。