城の見学──剣術大会
「城の見学ぅ?」
またもやオープンテラスで朝御飯を食べる間、今日のことを話し合う二人。
「そう! 無理かな?」
「いや、どうなんだろう……」
ファンテは腕を組む。
そもそもお城とは王様の個人邸宅兼仕事場である。ファンテには人の家を見学出来るという考え方がない。
他方、リーンにとってお城とは観光名所であり、入場料を払えば誰でも入れる場所。
「取り敢えず行って見ようよ、ね?」
ファンテは渋々従う。
街の北側、直接接続されているザルナック城の前。
「わー、巨きいねぇ」
二人は城門の前で城を見上げている。
遠くに見える建物は真っ白な壁の塊だ、とリーンは思う。
──何だっけ、白亜の、宮殿……? いや、殿堂だっけ。
特徴的な何本かの尖塔、城壁に沿って開いているたくさんの窓。何より、背の高い巨大な構造物の寄せ集めだ。
元の世界で城と言えばドイツのノイシュヴァンシュタイン城が有名だ。リーンは親の演奏旅行に何度かついて行き、本物を見たこともある。
だが、いま彼女の目の前にあるのは現役の、この瞬間も城として運用されている現役の城だ。
リーンはどうしても中に入りたいと思う、が、門は閉じられており、武装した門兵が二人を不審そうに睨んでいる。
「お、おい、やっぱり無理だ、引き返そう」
「えー、大丈夫よ。話せば何とか……すいませーん!」
「お、おいっ」
ファンテを振り切り、リーンは門兵に駆け寄る。
門兵は表情を全く崩さず、目下の少女を睨みつける。
「何の用か」
今にも抜剣しそうな勢いの兵士。はらはらするファンテ。
「あの! 私達、城を見学したいのですがっ」
──何の勢いだ、それは。
ファンテは思わず生唾を飲み込む。いざという時はリーンを抱えて逃げなくてはならない。
「見学だと?」
案の定兵士には「見学」が通じない。
無理もない。門番にしてみれば「主の家」なのだ。
「──どういうつもりか知らんが、早々に立ち去るが良いだろう」
「いやいや、そこを何とか」
にこにことした顔で食い下がるリーン。
「む。去らぬ、と言うのなら……」
剣の柄に門番が手を掛ける。
──まずい。
「済まない、連れがたいへんな失礼をした」
ファンテはリーンの背中を押し、強引にこの場からの離脱を図る。
「あ、ちょっと、ファンテ! 話し始めたばっかじゃんか! そんなお約束みたいな動きは要らないよっ」
ファンテはこう見えて名うての戦士だ。膂力でリーンが敵うわけがなく、あっという間に城門前から押し出されていく。
「あー、ファンテ! いいの? 来月の給金減らすよ?」
尚も言い募るリーン。
──命あっての物種だ。
リーンとファンテは城の前から離れ、城門が見えなくなるまで移動してやっと止まった。
「ここまで来ればいいか」
人気のない脇道にファンテは思わずしゃがみ込む。
「もー、何で邪魔すんのさ」
がっ、とリーンの両肩をファンテが掴んだ。
「ちょっ?」
「リーン、今のは駄目だ」
「は?」
「いいか、城の門番は城を守る──それが仕事なんだよ」
「あ、当たり前じゃない。そんなの分かって……」
いいやお前は分かってない、とファンテ。
「彼らはいつだって自分の仕事をするんだよ。今みたいにどう見ても怪しい奴が来たらどうすると思うんだ」
「ど、どうするの?」
ファンテの気迫に圧され、リーンが少し声を上擦らせる。
「怪しい奴は問答無用で──斬る」
「もんどうむ──い、いきなり?」
「そうされても文句は言えない」
初めて見るファンテの顔に怯む。リーンは大事なことを思い出す。そうだ、ここは、私が元いた世界じゃない。
「ごめん……なさい」
リーンは顎を引いて神妙な声を出した。
「いや、済まない。俺もつい──」
「ううん、ファンテは悪くないよ。私ちょっと、テンション上がってた」
目が合ったファンテはばつが悪くなったのか、リーンを掴んでいた手を放し、ふい、と顔を逸らした。リーンはその仕草を見て何だか腹の底が温もるような感覚を持つ。
──久し振りに人に怒られちゃったなあ。
嫌な気持ちはなかった。自分を思っての行動だというのが分かる。
時々忘れがちになるがここは自分が嘗て居たのとは違う世界。選択を間違えればあっさり死ぬことだってある。その上、やり直しは二度とない。
「本当にごめんね、ファンテ」
言い募る彼女の目に、道端の看板、貼り紙に書かれている文字が飛び込む。知れず駆け出していた。
「いや、分かってくれれば──リーン?」
予想した視界にリーンが居ない。
「ねえ! ファンテ、これ!」
振り返る。少女は立て看板の貼り紙を指差していた。
若き護衛は苦笑混じりに彼女の元へ近付く。
『剣術大会』
それによれば誰でも参加は可能。優勝者には王から直接褒美が渡されるとのこと。
「ね、これにファンテが優勝したらさ、私も城に入れるんじゃない?」
「何でそうなるんだ」
「だってほら、ここ……」
リーンが指差した所。
そこにはかなり控え目なでこう書かれてあった。
『尚、王との謁見は非常に名誉なことであるため、家族の参列を許可する』