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22. 脱出


(ここ、2階だったのね……)


 夜の少しひんやりとした風が頬を撫でる。


 下は芝生だが、2階とはいえ結構な高さがあるので、飛び降りたら最悪の場合足が折れるかもしれない。

 飛び降りる決心がつかず、バルコニーの手すりを握りしめ──フレイヤは、目の前にあるものに目を留めた。


(この木の枝に飛び移って、木の幹伝いに降りるというのは……?)


 大きく立派な木は、枝が建物に触れそうになったのか、途中で切り落とされている。

 しかしそのことによって、飛び移れないこともない距離にある枝はしっかりと太く、フレイヤ1人くらいの体重なら受け止めてくれそうだ。


 位置はバルコニーと同じくらいの高さで、距離は1メートルほど。

 ドレスで動きにくいのが難点だが、フレイヤなら飛び移るのは不可能ではない──と信じたい。


(もし上手く飛び移れなくても、手が引っかるとかして勢いを殺せたら、足も無事に済む確率が上がるはずよ……たぶん。ええ)


 手が震えるが、怯えている間にも、フォンティーヌ公爵とサムエル一派がフレイヤの逃走に気づくかもしれない。

 気づかれたら最後、より厳重に拘束されてナイフも取り上げられ、二度と逃げ出すことはできなくなるだろう。


(やるしか、ない……!)


 大きく深呼吸したフレイヤは、靴を脱いで芝生の上へ放り投げた。

 少し踵が上がった華奢な靴を履いているよりは、裸足の方がまだ安定するはずだ。


 バルコニーの手すりによじ登り、震える手を強く握りしめる。

 何度か軽く膝を曲げて緊張を誤魔化し、両手を大きく振って勢いをつける。


「3,2,1──!」


 囁くような小声でカウントすることで踏ん切りをつけ、フレイヤは全力で跳躍した。


「ひっ……!」


 木の枝に足が届き、勢いのまま幹の方へと数歩駆けるように進む。

 太い幹に抱きつくようにしてしがみつき、フレイヤは浅く速い呼吸を繰り返した。


「た、助かった……?」


 エヴァが聞いていたら「地面に降りるまでが脱出です」と言うかもしれない。

 そんなことを思いつつ、地面に降りる道筋を考えていた時──先ほど脱出したばかりの部屋の方がにわかに騒がしくなる。


(もう気づかれた……!?)


 慌てて木から降りようとするが、それより先に「フレイヤ!!」と大声が響いた。


「ローガン、様……?」


 フレイヤの口から、そよ風にすらかき消されそうな、微かな声が漏れる。


 今の声は、間違いなく。


「……フレイヤ! どこだ!!」


 ダン!と勢いよく扉が蹴破られ、ローガンを先頭に、ジンやその他騎士団員が室内に雪崩込んだ。


 フレイヤはよろよろと、少しでもローガンに近づこうと、枝の先の方へ足を進める。

 しかし、明かりが灯された室内からは暗い外の様子は見えづらいらしく、ローガンはじめ騎士たちがこちらに気づく様子はない。


 その間に、隣室にいたフォンティーヌ公爵と次男のサムエルが捕らえられたようで、騎士たちによってローガンの前へと連れてこられた。


「離せ、無礼者!」

「父と私を誰だと思っている! 貴様ら全員ただで済むと思うなよ!」

「…………」


 ローガンは、先ほどまでの勢いが嘘のように沈黙し、ソファの上を凝視していた。

 やがて身をかがめ、布と縄の切れ端──先ほどまでフレイヤを拘束していたものの残骸を手に取り、握りしめる。


 顔を上げた彼の姿を見て、フレイヤは身を竦めそうになった。


 ──ローガンは、とてつもなく激怒していた。


 これまでフレイヤが見た険しい顔なんて比ではない。

 眼光だけで人を殺せるのではと思うくらいに冷たく、それでいて高温の青い炎を思わせるような瞳で、ローガンは公爵を睨みつけた。


「──フレイヤに、何をした」

「……っ!」


 喚き散らしていたフォンティーヌ公爵もサムエルも、慄いたように口を閉ざす。


 が、腐っても公爵にして宰相。

 すぐに表情を取り繕い、「なんのことやら」とせせら笑った。


「我々は少し休んでいただけのこと。ベリシアン王国宰相の大役を(あずか)る私を罪人のように捕らえるなど、貴様は気狂いでも起こしたのか?」


 フレイヤがいないのをいいことに、フォンティーヌ公爵は知らぬ存ぜぬを通すつもりのようだ。

「私はここにいます! その人たちに誘拐されました!」と木の上から叫ぶのはあまりにも間抜けに思えて、フレイヤはどうしたらいいのかわからないまま室内の様子を見守る。


「黙れ」

「……!」


 冷たく言い放ったローガンは、目にも留まらぬ早業で抜剣し、抜身の(やいば)を公爵の首筋にぴたりと当てた。


「この縄と、血のついた布はなんだ」

「わ、私は何も──」


 しらばっくれる(血については本当に知る由がないのだが)公爵だったが、言い終える前に刃が首筋に食い込み、「やめろ!」と叫ぶ。

 一度剣を引いたローガンは、その切っ先を眼球すれすれのところに突きつけた。


「ヒッ……」

「フレイヤをどこにやったか答えろ。フレイヤを傷つけたならば、貴様の両手両足の指を先端から少しずつ刻んでやる。サムエル・フォンティーヌ。貴様もだ」

「や、やめろ……!」

「気絶しても何度でも叩き起こして、歯も1本1本抜いてやる。それから貴様らの目玉を抉り出しても、フレイヤを傷つけた代償にはまだ足りない。……とっとと答えろ。フレイヤはどこだ」


 フレイヤの側からローガンの表情は見えないが、さぞかし恐ろしい目をしているのだろう。

 声だけ聞いているフレイヤでも「これは本気だわ」と背筋を凍らせたのだから、間近で睨まれている2人は命の危険すら感じているはずだ。


 海千山千の公爵はそれでも口を閉ざしたままだったが、サムエルの方は早々に音を上げた。


「ほ、本当に知らないんだ! あの女を縛ってそこに転がしておいただけで、いつの間にかいなくなっていて──」

「……言い遺すことは、それだけか?」


 怒りを通り越したのか、感情が丸ごと削がれたような無機質な声だった。

 フレイヤまで硬直しつつ、頭の片隅でぼんやりと思う。


(“氷の獅子”なんて二つ名がまだ生ぬるく思えてきたわ……。“氷の処刑人”という感じではなくて……?)


 すっかり存在を主張するタイミングを逃し、木の枝の上で立ち尽くすフレイヤ。

 その時、ふと窓の外へ視線を向けたジンと目が合い──彼の口がぽかんと開く。


「あ、あの……ローガン様。その辺りにしとかないと、奥様から逃げられますよ……」

「黙れ、ジン。お前も刻まれたいか」

「ヒィッ! お願いしますから窓の外見てください!!!」


 飛び退ってローガンとの距離をあけつつ、ジンはフレイヤがいる方を指差した。

 射殺しそうな目が、暗闇の中木の枝に立つフレイヤを見つけた途端、大きく見開かれる。


「フレイヤ!!」


 剣を取り落し、ローガンは一目散にバルコニーへと駆けた。


「ローガン様……!」


 考えるより先に、フレイヤも駆け出していた。



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