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20. 一夜の思い出を


 フレイヤが難しい顔をして考え込んでいるうちに、夜会の会場内には優美な音楽が流れ始めていた。


 三拍子のゆったりした曲に合わせて、1組、また1組とダンスの輪に加わり始める。


「……どうか、一曲だけ」

「……!」


 驚いたフレイヤがローガンを見上げると、彼は物憂げにも切実にも思える表情でこちらを見つめていた。


「気に食わなければ足を踏もうが何をしようが構わない。一夜の思い出をくれ」

(この一夜と言わず、何度でも何曲でも踊りますが……!?)


 足を踏んだりしない、という意図を込めて首を横に振るが、ローガンは目に見えて落ち込んだ様子になってしまった。


「……すまない。高望みをした」

(だから誤解ぃぃぃ……!)


 「誰が踊るものですか」という意図だと誤解されたと察し、フレイヤは再び首を横に振る。


 口元を手のひらでガードして、「喜んで」と短く伝えると、ローガンは驚いた様子で目をみはった。


「……いいのか?」

「もちろん」

「……ありがとう」


 ふんわりと優しく微笑まれて、フレイヤは卒倒しそうになりつつ、よろよろと会場の中央へと足を進める。


(婚約からこの方、凍りつきそうに冷たい目線をもらってばかりだったし、眉間には渓谷みたいに深い皺が刻まれていたし、まともにお顔を見られないことが多くて気づかなかったけれど……こうして優しく笑うと、結構昔の面影が残ってらっしゃるのね)


 以前、寝顔を見た時にも面影を感じたものだが、微笑みとなるとさらに少年時代を彷彿とさせる。


 それでいて、凛々しく雄々しい大人の男性としての魅力も溢れているものだから、対フレイヤ限定で破壊力は倍増だ。


 ふわふわと半ば夢見心地のようになりながら、フレイヤはローガンのエスコートで会場の中央部へと立つ。

 曲に身を委ねてゆったりとステップを踏むと、ローガンの絶妙なリードもあって、淀みなく身体が動いた。


 元来活発で運動好きなフレイヤにとって、ダンスは割と得意分野だ。


 しかし、ずっと叶わぬ恋だと諦めていた相手と、もしかすると想いが通じ合っているかもしれない(フレイヤの好意は絶望的に伝わっていないが)と認識したばかりの状態では、どうにも集中できない。


 時々動きが危うくなってひやっとするけれど、すぐさまローガンのサポートが入るので、傍目には危なげなく滑らかなダンスに見えていることだろう。


 永遠に続いてほしいと願ってしまうような時間はあっという間に過ぎ、曲は終盤へ向かっていく。


 弦楽器が最後の旋律を余韻たっぷりに奏で上げ、会場内は一瞬の静寂に包まれ、次の瞬間拍手が湧き起こった。


「……ありがとう」


 再び優しい声がそう告げて、フレイヤはまた口元をガードしつつ「こちらこそ」と返す。


 その時──。


「し、失礼します……っ!」


 若干声を裏返しながら、1人の騎士が近づいてきた。


「……あ、ジンさん」

「ひぃあっ!」


 フレイヤがぽろっと名前を零すと、以前ローガンの使いで(ララ)を届けてくれた騎士は、身体を竦ませて悲鳴じみた声を上げる。


 「コロサナイデ……」だとか、裏返りきった高い声で囁くように言っているのは聞き間違いだろうか。


「……なんだ」


 地を這うように低いローガンの声にさらに身を竦ませながら、ジンは果敢にも口を開いた。


「レッ、例の件で、おはっ、お話がありまして……!」

「…………わかった」


 たっぷり間をおいて頷き、ローガンはフレイヤへと視線を向ける。


「フレイヤ、俺は少し外す。すぐ戻るから、会場内にいてくれ」

「……はい」

(お仕事の話……かしら?)


 フレイヤを避けているのか、本当に忙しいのかがいまいち判断しづらかったのだが、こうして夜会の最中にも呼び出されるところを見ると、多忙なのは間違いない。


 遠ざかっていくローガンの背中をしばらく見つめたあと、フレイヤは会場の端へと移動した。



 壁の花になっている控えめなご令嬢たちの列に混じってみようかと一瞬考えるが、すぐにやめる。

 フレイヤは普通のご令嬢より頭1つ分くらいは背が高いので、並ぶと悪目立ちしてしまうだろう。


 果実水のグラスを受け取って食事が並ぶテーブルのそばに佇み、ひっそりと会場内を観察する。


 2人の大臣は、夜会を楽しむというより、仕事の延長で来たのだろう。

 他の有力者と何やら話し込んでいて、フレイヤのような小娘が近づける雰囲気ではなかった。


 宰相と嫡男のギデオンはいつの間にか会場から消えている。


 その代わりに次男のサムエルが令嬢たちに囲まれ、コネリー侯爵とサムエルの周囲が大輪の花のようになっていた。これはこれで壮観だ。


(情報収集よ!って意気込んでいたけれど、私は特殊訓練を受けた諜報員でもないのだし、怪しまれずに話を盗み聞きすることすらも難しいわよね……どうしようかしら)


 そこでふと、フレイヤはあることに気づいた。


 夜会に参加しようと思い立った時点では、ローガンとソフィアが婚約を解消する羽目になった発端であるフローレンスの毒殺未遂事件の犯人を暴くことで、この件に関わる人物たちの関係をもとに戻すことが目標だった。


 すなわち、王太子とフローレンス、ローガンとソフィアの組み合わせだ。


 しかしよくよく考えてみれば、フレイヤは自分以外の関係者の思いについて、本人から直接はっきりと聞いたことがない。

 最も身近にいたローガンが何を考えているのかもよくわからないのだから、離縁や復縁については一旦立ち止まるべきだろう。


 一方、フローレンス毒殺未遂事件の解決は引き続き最重要だ。


 犯人やその目的がわからないままでは姉が気がかり。

 それに、姉が王太子妃になることが黒幕の狙いなのだとしたら、レイヴァーン伯爵家や王太子、果てはベリシアン王国へも、いずれ悪影響が出る可能性がある。


(ローガン様は王太子殿下の側近なのだし、私が得ている程度の情報はもうお持ちかもしれないけれど……戻ってこられたら報告を──って、迂闊には喋れないんだったわ)


 「お話が」と切り出した時点で口を塞がれる未来が見えてしまって、フレイヤは額を押さえた。


「……あ、そうだわ」


 話は屋敷に帰ってから、どうにか頑張ってたくさんするとして。

 この会場内では意思の疎通を図るのが難しいので、もう1つ切実な問題があった。


 ──お手洗いだ。


(あの、って言いかけた時点で口を塞がれたらたまったものじゃないわ。まだ平気だけれど、ローガン様がいない今のうちに一度お手洗いに行っておきましょう)


 空になったグラスを給仕に渡し、フレイヤは主会場を出る。


 ローガンには会場内にいてくれと言われたけれど、同じ建物内のお手洗いであればギリギリ「会場」の範囲内だろうし、彼が戻る前に戻れば問題ない。


 楽団の奏でる音楽や、人々の談笑の声といったパーティーの喧騒から少し離れると、一気に静かになったように感じられて、フレイヤはなんだか落ち着かない気分になった。


 足早にお手洗いへの道筋を進んでいると、後ろから駆けてくる足音が聞こえる。

 切羽詰まっているんだろう──なんて呑気に考えたその時だった。


「んんっ!?」


 突然、背後から羽交い締めにされて、口元に布が押し付けられる。


(何、この変な匂い……! どこかで嗅いだことがある、ような……)


 ジタバタともがくが、その際息を吸ってしまって、くらりと目眩がする。

 そこでフレイヤは、覚えがある匂いがなんだったのかを思い出していた。


(これ……酔酩(すいめい)の果実……)


 酔酩の木は、この大陸の森で稀に自生している植物だ。

 一見美味しそうな赤い小さな実には意識を混濁させる作用があり、ほんの少し食べただけでも酩酊したようになる。


 小さい頃に森で見つけて食べようとした時、父が珍しく血相を変えて「駄目だ!」と叫んだのだった。


 麻酔としても使われる実の果汁を含ませた布を嗅がされるというのは……どう考えても、何かしらマズい事態が起きている。


 極力吸い込まないようにと呼吸を我慢しつつ、フレイヤは力尽きたように抵抗を弱めた。

 気絶したふりをして、隙を見て逃げようと考えたのだ。


 だが……。


(だめ……意識が……)


 最初に思いっきり吸ってしまった分が効いてきたらしく、眠気よりずっと暴力的な何かが、強制的に意識を奪っていく。


(ローガン、様……)


 薄青の瞳をした愛しい人の姿を思い浮かべたのを最後に、フレイヤの意識は深く沈んでいった。




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